テラーノベル
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本部からの通達は、
いつもより静かに配信された。
全体通知。
既読確認なし。
> 【運用指針の更新について】
>
> 今後のサービス運用において、
> 主観的・解釈分岐を招く語の使用を避けるため、
> 以下の表現は原則として内部資料・外部対応の双方で使用を控えること。
>
> ・意味
> ・意義
> ・本質
> ・完成
>
> 代替として、
> 定量的評価指標・進捗率・達成率を用いること。
理由は、書かれていない。
だが、誰も質問しなかった。
意味は、
使わないことになった。
それだけで、
この会社では十分だった。
***
月影は、その通知を、
少し遅れて読んだ。
遅れた理由は、
ただ手が止まっていただけだ。
通知を開いた瞬間、
彼女の中で、古い記憶が立ち上がる。
――あの案件。
止められなかった、
というより、
止めるという発想すら持てなかった案件。
数値は良好だった。
クレームもなかった。
ただ、
契約者の声が、途中から減った。
減った理由を、
誰も気にしなかった。
月影は、当時、
最適化の進捗を淡々と報告していた。
「問題ありません」
そう言った自分の声を、
今でも覚えている。
あのときも、
意味は測れなかった。
だから、
無かったことになった。
***
通知の文面を、
もう一度読む。
禁止。
控える。
排除ではない。
だが、ほぼ同義だ。
月影は、端末を置き、
しばらく何もせずに座っていた。
未選択は、
まだ彼女の中にある。
渡したはずなのに、
感触だけが残っている。
――選ばない、という選択。
それは、
数値に反映されない。
ログにも、
理由が残らない。
だが、
確実に何かを遅らせる。
月影は、
次の業務指示を開く。
いつもなら、
最適候補が表示されるはずの画面。
だが今日は、
一拍、空白がある。
ほんの一瞬。
その隙間で、
月影は思う。
最適を選ばない、
という行為は、
何かを壊すためではない。
ただ、
渡すためだ。
自分ではない誰かに、
決めさせるためでもない。
選ばないまま、
置いておくためだ。
***
本部では、
通達後のログを確認していた。
「……遅延、ありますね」
数名のオペレーターで、
反応速度が落ちている。
致命的ではない。
だが、揃っている。
「原因は?」
「特定できません」
意味を使わない。
理由を聞かない。
それでも、
揺れは残る。
「未選択……?」
誰かが、
口にしかけて、黙る。
その語は、
まだ禁止されていない。
だが、
近い。
***
月影は、
次の判断画面で、
はっきりと指を止めた。
選択肢は、
整っている。
どれも正しい。
どれも最適だ。
だからこそ、
彼女は選ばない。
確定ボタンを、
押さない。
そのまま、
画面を閉じる。
ログには、
何も残らない。
だが、
未選択は、
確かにそこに置かれた。
誰かが、
拾うかもしれない。
拾わないかもしれない。
それでいい。
月影は、
初めて、
最適を裏切ったのではなく、
最適を、
使わなかった。
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