テラーノベル
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最初に気づいたのは、
アラート担当でも、上層でもなかった。
ログを“眺めるだけ”の部署だった。
「……揃ってますね」
誰かが言う。
「何が?」
「選択されていない時間です」
画面には、
通常なら数ミリ秒で埋まるはずの空白が、
いくつも並んでいる。
長くはない。
だが、繰り返されている。
「遅延?」
「いえ、処理速度は正常です」
「じゃあ、入力ミス?」
「違います。
“入力されていない”」
その言い方に、
全員が黙る。
入力されていない、という状態は、
想定されていない。
エラーでもない。
失敗でもない。
ただ、
何も選ばれていない。
***
本部会議。
「未選択、という言葉は使わないでください」
即座に釘が刺される。
「まだ定義されていません」 「定義されていないものは、異常とは言えない」
誰かが、
小さく息を吐く。
異常かどうか分からないものが、
一番困る。
「遅延として扱いますか?」
「遅延ではありません。処理は速い」
「なら……判断保留?」
その瞬間、
誰かが首を振る。
「保留は、選択です」
空気が凍る。
選択していない、という事実を、
どうしても認めたくない。
だから本部は、
言葉を探す。
「……挙動未確定」
暫定ラベルが貼られる。
異常ではない。
だが、正常でもない。
棚上げされた状態。
***
佐伯は、
そのログを別ルートで見ていた。
本部が“公式に扱えない”数字は、
必ず脇に流れる。
彼は、
それを拾う役だった。
「……おかしいな」
数値は、
悪くない。
むしろ、
一部で成果が上がっている。
契約継続率。
更新拒否率の低下。
だが、
それが、
あの“挙動未確定”と重なっている。
佐伯は、
自分でも気づかないうちに、
新しい列を作っていた。
選択回数でも、
処理速度でもない。
「……間隔」
選択と選択の間に、
空白があるかどうか。
その数値が、
微妙に、だが確実に、
成果と相関している。
「拾っちゃいけないやつだな」
そう思いながら、
手が止まらない。
拾わなければ、
無かったことになる。
だが、
見てしまった。
佐伯は、
それを“参考”として、
誰にも言わずに保存した。
***
本部では、
未確定挙動の件数が、
じわじわ増えている。
「定義し直す必要があります」
「何として?」
「……遅延、では無理です」
「未選択は?」
即答で否定される。
「それは、
“選ばないという意思”を認めることになります」
その言葉に、
誰も反論できない。
意思があると認めた瞬間、
制度は揺れる。
だから次に出てきた案は、
強引だった。
「未処理」
「処理漏れ?」
「システム的な問題として扱いましょう」
人の問題ではなく、
機械の問題にする。
それで、
安心したかった。
***
月影は、
その再定義を、
まだ知らない。
知らされていない。
ただ、
削除判断が来ないことだけが、
分からない。
通常なら、
もう何かしらの通知が来る。
更新か、
削除か。
だが、
どちらも来ない。
その“間”に、
彼女は置かれている。
月影は、
次の未選択を、
誰かに渡す準備をしている。
自分の中で保持する時間が、
長すぎると知っているからだ。
未選択は、
留めるものではない。
流すものだ。
***
佐伯は、
保存した数値を、
もう一度開く。
公式には使えない。
だが、消せない。
「……擁護できちゃうな」
彼は、
思ってしまう。
この挙動を、
異常ではないと。
むしろ、
成果に寄与していると。
それを言ってしまえば、
本部は困る。
だから、
まだ言わない。
だが、
言える準備だけは、
してしまった。
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