コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
翌日、郁斗は朝から用があって出掛けるという事で、今日の護衛担当でもある美澄がマンションへとやって来た。
「美澄、それじゃあ詩歌ちゃんの事よろしく。帰りまできちんと頼むよ」
「分かりました!」
「それじゃあ、詩歌ちゃん。またお店でね」
「はい、行ってらっしゃい……郁斗さん」
美澄と共に郁斗を見送った詩歌の表情はどこか元気が無い様子で、それに気付いた美澄が遠慮がちに声を掛けた。
「詩歌さん、どうかしたんすか?」
「え?」
「何だか元気が無いみたいですけど、心配事でもあるんすか?」
「……い、いえ、そんな事ないです」
「そうですか? まあ、何も無いならいいんすけど。俺でよければ話くらいは聞きますよ!」
美澄にそう言われた詩歌は少し考えた後、
「あの、それじゃあちょっとお話してもいいですか? 何かお飲み物を用意しますから、ソファーに座ってください」
「あ、いや、お構いなく!」
「いえ、いいんです。コーヒーと紅茶、どちらが良いですか?」
「……それじゃあ、コーヒーで」
「分かりました」
詩歌の気遣いに甘えてコーヒーをお願いした美澄は言われた通りソファーに腰を下ろした。
「どうぞ」
「すいません、ありがとうございます!」
コーヒーを淹れ、カップを二つ手にした詩歌は美澄の向かい側に腰を下ろすと、一口飲んでから話を切り出した。
「あの、話というのは……郁斗さんの事なんです」
「郁斗さんの?」
「……その、郁斗さんって、『PURE PLACE』のキャストさんと、定期的にアフターの約束をしているのでしょうか?」
「え? アフター?」
「はい……その、今日は、樹奈さんを指名して、お店が終わってからも、お会いするようなので……」
「ああ、だから今日は仕事終わりも詩歌さんの事を俺に任せたんすね」
なんて、詩歌の言葉に一人納得した美澄が頷くも、彼女にとってそんな事はどうでもいいらしく、それには反応を示さない。
「あーえっと、まあ、あそこのキャスト……に限らず、あの界隈では郁斗さん人気なんすよ。ホストやってたの、知ってます?」
「あ、はい。聞きました」
「常にNO.1張ってたらしいんすけど、変わり映えしない毎日がつまらなくて辞めたらしくて、その後はスカウトの仕事をしてたんすよ」
「スカウト?」
「キャバ嬢になりそうな子に声掛けする……って感じの」
「そうなんですか」
「そう。それで郁斗さんが連れて来た子は大抵どこの店でも売り上げ上位のキャバ嬢に育つんで、色々な店から依頼されて仕事が舞い込んでたみたいなんす」
「女の人には、慣れているんですね」
「まあ、ホストだったから当然って言えば当然すけどね」
自分から郁斗の話を振ったのだけど、聞けば聞く程、詩歌の表情は曇っていく。
「……私、やっぱり郁斗さんの迷惑になっているような気がするんですけど、美澄さんはどう思いますか?」
「え? いや、迷惑とか郁斗さんは思ってないっすよ! そもそも迷惑に思ってたら家には連れて来ないですし、郁斗さんの家を知ってるのって組の奴でも極わずかしかいないんすよ? それを知ってる詩歌さんは特別なんじゃないかって俺は思うっす」
『特別』という美澄のその言葉に、これまで詩歌の胸の中で渦巻いていたモヤが一気に晴れていく。
「本当に、そう思いますか?」
「はい」
「……そう、ですか」
美澄に再度問い掛けた詩歌は彼の返事を聞くと、徐々に笑顔が戻っていく。
女ってのは、色々と複雑なんだなぁという事を呑気に考えながらコーヒーを飲んだ美澄は、詩歌に元気が戻ったようでひと安心しながら他愛の無い話を続け、出掛けるまでの時間を潰していた。
一方の郁斗は、
「黛組か、厄介な相手とつるんでるもんだな」
「そうなんですよね。それと、さっき情報屋から連絡があって、とうとう関東の方にも捜索を入れ始めたみたいなんです」
「それじゃあ、見つかるのも時間の問題だな。暫く店には出さねぇ方がいいんじゃねぇのか?」
「そうですね……」
「まぁ、結構な稼ぎ頭になってるようだから太陽は渋るかもしれねぇな」
「確かに。けど、足がつけば店にも影響が出ますからね。明日から暫く休ませますわ」
「ああ、その方がいい」
恭輔と詩歌絡みの情報共有を行い、黛組が関東へと捜索範囲を広げた事を受けて、暫く詩歌を店には出さない事を決めた。