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慎太郎は、会社から帰るとまず多目的ルームに顔を出した。誰かいれば、挨拶をしたいからだ。
「あれ、誰もいねーじゃん」
落胆して部屋に戻る。それもそのはず、少し残業してきたからもう時間も遅い。クラリティでは夕食後だ。
職員にご飯を運んできてもらい小さなテーブルで食事をしていると、ふいにドアがノックされる。
「はーい」
控えめに細く開いた隙間から、高地が顔を出した。
「暇?」
「いいよ、飯食ってるけど」
高地は手を伸ばしながら前に進み、部屋の奥にあるベッドに触って腰掛ける。
「どした?」
「いや、遊びに」
2人の部屋は隣り合わせで、慎太郎より後に入居した高地はよく遊びに来ているのだった。
「そういえばさ、ジェシーから聞いた?」
高地が問う。
「なに?」
「北斗くん。Bの作業所のクッキー作り、ジェシーによるとめっちゃ上手かったらしい」
「そうなの? すごいじゃん」
「大我くんもなんかいつもより楽しそうだったみたいよ」
へえ、と慎太郎は思わず笑みをこぼした。「良かった」
「……なあ、慎太郎」
「うん?」
ワントーン下がった高地の声に、服薬も終えてトレーを返しに行こうとした慎太郎は車いすを漕ぐ手を止める。
「俺らもさ、いつかは出て行かなきゃならないんだよね」
「それは…」
慎太郎にとって、考えたくはない現実だった。クラリティは新しいグループホームで、まだ退去していった人はいないのだ。
でも、ここは「いつかの独り立ち」のためにある場所。みんなで仲良く、いつまでも暮らしていくためにあるのではない。
「やっぱ寂しいよな。慎太郎は企業で働いてるから、すぐ行けるだろうし…」
「やだよ、俺はまだ行かない!」
知らず知らずのうちに、声が大きくなる。高地の肩が震えた。
「みんなと一緒にいたい。だって俺、北斗くんのこともみんなのことも好きだから…」
そうは言っても。慎太郎は、はっきりとわかっている。
「まあ、出て行ってもたまに来てくれりゃいいじゃん。そんで、全員自立できたら外で会おうぜ」
慎太郎ははっとしたように高地を振り向いた。
「……そうだね。いつでも会えるよね」
そんじゃ返してくるから、と言って慎太郎は自室を出る。
戻ってきたときに、もう高地はいなかった。いつも彼は気まぐれだ。その視界は暗闇に包まれているはずなのに、表情も声も、言葉もいつも明るい。
そんな高地が、いつも楽しげなジェシーが、かわいらしい北斗が、頼りになる樹が、そして大我が、大好きだ。
彼らを今繋いでいるものは、「クラリティ」という家。でも、それがなくなっても確かにどこでだって会える。
6人が、また会いたいと思えば。
続く