「ふゆさんなに食べる?」
「はぁ………」
ちょうど昼時とあって、駅前の複合施設に隣接する飲食店は、どこも盛況だった。
この辺りに再開発の手が及んだのは、ほんの数年前のこと。
駅舎の改築工事に伴い、周辺の景観もガラリと様変わりした。
近代的な駅ビルを筆頭に、瀟洒なカフェや各種専門店が軒を連ね、夜でも皓々として多くの人出を誘っている。
高羽の町並みにはどうにもそぐわない。まるで、大都会の一部を切り取って配置したような印象だ。
「ぼたん鍋……」
「んなモンあるわきゃ無えだろ。時期考えろ時期。 これにしとけ。この、枝豆パスタ」
「や、時期の問題じゃなくないです?」
午前中、色々な所を歩き回ったものの、それらしい成果は得られなかった。
分かってはいたが、やはり一筋縄ではいきそうにない。
「兄やんの奢り?」
「は?」
「そですよ。 たくさん食べてね!」
「お前マジか」
足に頼って、地道にさがす。 口で言うのは易い。
ところが、相手は歴とした市町である。 いくら小さな町とは言え、それなりの面積がある。
もちろん、のっぺりとした平野でもなければ、閑散とした荒野でもない。
人足が行き交う表通りもあれば、静かな路地裏だって無数に存在する。
様々なお店に、公共施設がある。
そうすると、それはもう額面通りに設定された面積の問題じゃない。
あくまで数値的な面積よりも、遥かに広大な候補地が、前途には広がっているということだ。
まして、彼女が“土地のもの”でなかった場合。
その場合は、さらに候補地が広がることになる。
隣町は言うに及ばず。 もしかすると、さらに遠方なんて事もあり得る。
そうなると、もはや天文学的だ。
常識問題として、人の足で可能な事なのだろうか。
「……栄の方まで、足伸ばしてみるか」
史さんが何とはなしに呟いた。
「やっぱり、そうなる?」
「おぉ、けど栄市はなぁ」
「うん……」
とんでもなく広い。
面積はおよそ高羽市の4〜5倍、政令指定都市だけあって、数多の行政区が設置されており、地勢も高羽とは似て非なるものだ。
都市部を中心に、丘陵地帯があり、森林があって平野がある。
もちろん、乗りかかった船を降りるつもりはない。
ただ、一朝一夕で運ぶような事態ではないと、改めて突きつけられたような気分だった。
その時である。
「さかえ……………」
ふゆさんがポツリと言った。
最初、単に史さんの言葉をなぞっただけかと思ったが、どうやらそうでもない。
「さかえ………。さかえ………し………」
その名称をよくよく反芻し、何事かを考え込んでいる様子だ。
「覚えがあるんです? 栄市に」
「はい………。栄市………」
表情こそ変化に乏しいが、瞳の奥に何か、感情の波が見え隠れしているようにも見えた。
記憶が戻ろうとしているのか。 そうでないにしても、これは大きな前進を予感させる。
「はるみ………。 そう、はるみ」
やがて、彼女はハッとした様子でそう述べた。
おおよそ譫言に等しい口振りだったが、たしかにそのように聴き取れた。
「はるみ……、栄の“はるみ”って言やぁ、春見地区か?」
「はぁ………」
それも束の間、ふゆさんの様子は元の通り。 今朝方と同じく、ふんわりとした雰囲気をふわふわと纏うばかりとなってしまう。
しかし、ここに来てひとつ手掛かりを得たのは大きい。
あくまで取っ掛かりかも知れないが、暗闇の大海にポツンと灯りを見つけた気分だった。
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