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#復讐
草原草原(くさはらそうげん)

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木風
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#サレ妻
都築七美
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内藤法律事務所は、隣の駅の、雑居ビルの四階にあった。
月曜の夜七時。結衣は、井口に頼んで、佳奈の家で八時まで預かってもらっている。真尋は仕事を五時に上がって、隣の駅まで二十分、歩いた。
扉を開けると、黒い髪を短く切った女の人が、机から立って手を出した。
「内藤です。神谷から聞いてます。座ってください。時間がもったいないので、すぐ始めます」
早口だった。真尋が座るより先に、内藤はもう座っていた。
「まず、持ってるものを全部見せてください。順番は日付でいい」
真尋は手提げから家計簿の九冊目を出し、スマホの写真を日付の順に開いていった。十月二十七日の空いた行。保険会社の電話のメモ。はがき。郵便受けの名札。四百十二万円の内訳。産婦人科の領収書。展示場のことは、口で足した。
内藤はメモを取らなかった。全部、目で追って、一度も聞き返さなかった。
「はい。だいたい分かりました。線を三本引きます」
内藤は机の上に、何も書かれていない紙を一枚置いて、指で三本、横に線を引く仕草をした。
「一本目。領収書と通帳は、お金の証拠です。ご主人がいくら稼いで、いくらを家に入れて、いくらを別のところに使ったか。これは離婚のときの財産分与と、相手が何を隠しているかを調べるのに、とても効きます。あなたがやってきたことは、全部この線です。すごく強い」
「はい」
「二本目。不貞の証拠は、別に要ります。お金の流れが女の人の部屋に行っていることと、ご主人がその人と不貞の関係にあることは、法律の上では別の話です。慛謝料を取るなら、二本目が要る。今あるのは、産婦人科の領収書と、表札と、展示場の挑発。弱くはないけど、まだ足りない」
「どうすれば」
「集めてください。怒らないで、集めて。問い詰めたら、相手は隠します。今は、ご主人があなたを『何も知らないパートの奥さん』だと思っている。それが、いちばん集めやすい状態です」
真尋は、展示場の駐車場で飲み込んだ三つのことを思った。
「三本目。別居の時期と、お金の話。家を出るのも出されるのも、焦らないでください。出るなら、出たあとの生活費をどう請求するかを先に決めてから。それと、ご主人の収入の正確な紙が要ります。源泉徴収票。給与明細。会社の人なら、去年の分が家のどこかにあるはずです」
「探します」
「もう一つ。あなたの家計簿、九年分。これは、あなたが家をどう守ってきたかの記録です。相手が『浪費した』と言ったとき、全部答えられる。捨てないで、全部残して」
内藤は初めて少し笑った。
「神谷が『数字の話は早い』って言ってた意味、分かりました。次は、源泉徴収票が見つかったら連絡ください」
面談は四十分で終わった。相談料を払うとき、真尋は領収書を頼んだ。内藤は「ですよね」と言って、日付入りで切った。
火曜と水曜は恭平の休みで、どちらも昼前に出て、夜まで戻らなかった。真尋は何も聞かず、「お帰り」と言い、味噌汁を温めた。
金曜。結衣の七五三のレンタルの着物を、駅の向こうの呉服店に取りに行く日だった。
「車、使っていい? 着物、電車で持って帰るのは大変だから」
恭平は社用車で通勤している。自分の車は、平日は家の前に止まったままだ。
「いいけど、ガソリン入れとけ」
「はい」
真尋は五時に仕事を上がり、学童に結衣を迎えて、家の前の車に乗った。
呉服店の駐車場に着いて、結衣を先に店に入らせた。店の人が結衣を奥に連れていって、着物を合わせ始める。真尋は「忘れ物」と言って、一度車に戻った。
助手席のグローブボックスを開けた。
車検証の袋の下に、青いクリアファイルが一冊あった。
真尋はそれを膝の上に広げた。
一枚目。不動産の会社の領収書。『初期費用(敷金・礼金・仲介手数料・前家賃) ¥612,000』。日付は十月十日。物件の欄に『コンフォール西町302』。契約者の欄に、恭平の名前。
二枚目。家具の量販店の領収書。『¥230,000』。十月十二日。ベッド、テーブル、カーテン。品名が五つ並んでいる。
三枚目。小さな、厚い紙。ジュエリーの店の名前。『内金 ¥450,000』。十月二十八日。品名の欄は空いている。
真尋は、その日付を見た。十月二十八日。火曜。さくらレディースクリニックの領収書と、同じ日だ。
四枚目は、折った紙だった。開くと、『給与所得の源泉徴収票』。去年の分の、コピー。『支払金額 7,210,000』。
七百二十一万円。
真尋は、その数字を二度読んだ。三年前、恭平が「ボーナスが減った」と言って振込を五万円減らしたとき、年収は六百十八万円だった。年収は、百三万円増えていた。
その下に、書類の束があった。会社の経費精算書の控え。日付と金額と、相手先の欄が並んだ紙が、二十枚ほど。真尋は束の表紙だけ写真に撮って、一枚ずつは読まなかった。読む時間はないし、読めば顔に出る。
領収書三枚と源泉徴収票は、それぞれ二度ずつ撮った。日付と金額と名前が一枚に入るように。
撮り終えて、紙を元の順に重ね、ファイルを車検証の袋の下に戻した。グローブボックスを閉めるとき、手が少し湿っていた。
家計簿の九冊目を開いて、余白に書く。
『612,000+230,000=842,000』
百三十万円のうち、八十四万二千円。あと、四十五万八千円。
そのうち四十五万円が、十月二十八日の、何かの内金。
真尋は電卓を使わなかった。頭の中で、合っていた。
呉服店で、結衣は紺地に白い花の着物を着て、鏡の前で回っていた。
「お母さん、見て」
「似合う。すごく」
店の人が、草履と巾着を袋に入れてくれた。真尋は袋を車の後ろの席に置いて、運転席に座ってから、スマホで不動産屋の番号を調べた。恭平の会社ではないところ。駅前に二軒ある。
一軒目に電話をかけた。
「自宅の机上査定をお願いしたいんです。築九年の建売の、三LDK。住所は――。はい。書面で、今週中にいただけますか。はい。はい、売るかどうかは、数字を見てから決めます」
電話を切って、二軒目にも同じことを言った。
結衣が後ろの席で、巾着の紐を結んだり解いたりしている。
真尋はスマホの写真を開いた。今日撮った『内金 ¥450,000』の領収書と、十一月一日に撮った『さくらレディースクリニック』の領収書を、画面に並べる。
『2025/10/28』
『10/28』
同じ日。火曜。恭平の休みの日。産婦人科の帰りに、四十五万円の、何かの内金。
「お母さん、帰ろう」
「帰ろう」
真尋はスマホを伏せて、エンジンをかけた。
コメント
1件
うわああ、このエピソードめちゃくちゃ熱かった…!😭💕 真尋が内藤弁護士と会って、家計簿が「すごく強い証拠」って言われたとこで私もグッときたよ…九年分の記録って想像しただけで重みが違うよね。 そしてグローブボックスから出てきた書類の数々…「コンフォール西町」って不動産の領収書に、ジュエリーの内金45万円、しかも産婦人科と同じ日付!?!?!? もう、胸がぎゅーってなった…。真尋がスマホで写真撮って頭の中で計算して、不動産屋に査定依頼の電話するところ、静かな怒りと覚悟が滲んでて鳥肌立ったわ…✨ 次がもう待ちきれないよ〜!!😭💕