テラーノベル
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その夜、ランディリックに手を引かれたリリアンナが王城の大広間に足を踏み入れた瞬間――、空気が、わずかに揺れた。
正確には、視線が集まったのだと、リリアンナは少し遅れて気が付く。
音楽は変わらず流れている。談笑も途切れていない。
それでも、いくつもの視線が、一斉にこちらへ向いたのを感じた。
理由は明白――。
リリアンナのすぐ横。
付添人として寄り添う辺境伯、ランディリック・グラハム・ライオール侯爵が、誰の目にも美しすぎるのだ。
長いこと共に過ごしてきたせいで、リリアンナは忘れかけていたけれど――、ランディリックは、男性として非常に魅力的な人物だった。
銀髪に、紫水晶色の瞳。
背筋を伸ばして立つだけで、近寄りがたいほどの気品を纏う。
それは、丁寧に磨き上げられた宝石のような佇まいだった。
もうとっくに妻を娶ってもいい齢であるはずなのに、年齢という概念を寄せつけないその姿は、見る者を圧倒する。
普段は北の辺境ニンルシーラ領にあり、社交界に姿を現すことは滅多にない。
ウールウォード伯爵令嬢の後見人になったという話こそ知られているが、親子ほどの年の差ゆえに、浮いた噂を立てられることもなかった。
――だが。
今夜こうして並び立つ二人からは、そんな年齢差など微塵も感じられなかった。
まるで姫君を守る騎士のように寄り添う姿は、会場の視線を否応なく集める。
背筋を正し、あくまでキャバリエとしての節度を保ちながらも、誰の目にも映える圧倒的な存在感。
そんなランディリックの隣に立つリリアンナ自身もまた、今夜は有無を言わせず目を引いていた。
淡い光を受けて艶やかに映える赤みを帯びたヴァーガンディー色の髪。
伏せれば柔らかく、上げれば強さを宿す翡翠の瞳。
ビロードのような色白の肌に、薔薇色の頬。
飾り立てすぎていないからこそ、リリアンナ自身の魅力が際立って隠しきれていない。いや、むしろ、浮き立つほどの美しさが、見る者を魅了した。
「……とても様になるお二人ね」
「ええ、でも……」
囁きは、祝福ばかりではない。
「ウールウォード伯爵令嬢の髪色、少し珍しくない?」
「瞳も……あれ、マーロケリー国の系譜じゃない?」
「どんなに美しくても、あの色じゃ私、生きていけない」
令嬢たちの声は、扇の影やグラスの向こうでひそやかに交わされる。
羨望と嫉妬が混じった、冷えた好奇の色。
――あの色は、イスグランの血ではない。
――敵国の色だ!
そんな含みを帯びた視線が、遠慮なく注がれていた。
一方で、男性たちの視線はもう少し分かりやすい。
美しい、と息をのんでリリアンナを見つめている。
だが、その先へは踏み込めないと歯噛みしているようだった。
見たことのない美しい美丈夫が並び立つ美の結晶のようなふたりに付き従うように近くに控えているのも、男たちの尻込みに拍車をかける。
「……あんな二人に囲まれて……高嶺の花すぎるだろ」
それが本音なのだが、すぐに自分らを慰めるように別の声が混ざる。
「いや、いくら綺麗でもあの赤毛はダメだ。子に遺伝したら最悪だ……」
「そうそう。婚姻となれば考える」
「家名を背負わせるには色が悪すぎるもんな」
誰かが冗談めかしてそう言い、それに乗ることで、自分たちを慰め、納得させるように笑い合う。
近付きたくても近付けない理由を、リリアンナが持つ色にケチを付けて下げることで、〝自分にはふさわしくない〟という形にすり替えて、自尊心を保つ小者たち。
そんな視線の中心に立ちながら、リリアンナは、ゆっくりと背筋を伸ばし、唇に微笑みを乗せる。
(こんなの、慣れっこよ)
幼いころからずっと、イスグランの色ではないと囁かれ続けてきたのだ。
ランディリックに連れられてニンルシーラで過ごしている間は誰もリリアンナがマーロケリーの色を持つことを取り沙汰しなかったから失念していたけれど、王都にいる間はおおむねこんな感じだった。
コメント
2件
誰とワルツを踊るのかな。