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前職は舞妓
425
きょう
171
「三島和久の元教え子で、過去に問題行動を起こして退学になった奴だ。至急洗い出せ!」パトカーの助手席で、俺は電話越しに本部の捜査員へ怒号を浴びせた。
渚が読み取った「学校の倫理」「三島を嘲笑う男」という言葉。そして、三島が担当していた時期の生徒データ。それらを突き合わせると、一人の男の名前が浮上した。
佐々木という20歳の男だ。高校を中退後、無職で荒れた生活を送り、現在は廃業した旧市街の醸造所跡地を溜まり場にしているという。
「旧醸造所の地下貯蔵庫……! 水の流れる音、暗くて狭い場所……条件は完璧に合致するぞ!」
ハンドルの握り拳に力がこもる。失踪から一週間。人間の生存限界はとっくに過ぎかけている。三島の息は絶え絶えだった。一秒の遅れが、彼の命を奪う。
「先輩! 前方に旧醸造所の建物が見えてきました!」
後部座席で佐藤が叫ぶ。
「車を敷地内に滑り込ませたら速攻で飛び込むぞ! 佐藤、拳銃のロック解除しておけ!」
「は、はいっ!」
ブレーキを踏み込み、パトカーを醸造所のトタン壁ギリギリに滑り込ませた。俺と佐藤はドアを蹴開け、懐中電灯と拳銃を手に薄暗い廃建物の奥へと駆け込んだ。
カビと腐敗臭が漂う廊下の奥に、下へと続く重い鉄の扉が見える。鍵は外されていた。
「警察だ! 動くなッ!!」
俺は鉄扉を蹴り開け、暗闇の地下階段を一気に駆け下りた。
懐中電灯の光が捉えたのは、血と泥にまみれて倒れている三島の姿。そして、驚愕の表情で振り返り、手に持ったナイフを構えようとする男——佐々木だった。
「な、なんでここが……ッ!?」
「動くな佐々木!! 銃を捨てろ!!」
佐藤が声を張り上げ、必死の形相で銃口を佐々木に向ける。膝はガクガクと震えていたが、その目はまっすぐに犯人を据えていた。
「くそっ、なんなんだよお前らは!!」
ヤケクソになった佐々木がナイフを振りかざして飛びかかってこようとした瞬間、俺は容赦なくみぞおちに前蹴りを叩き込んだ。
「グハッ……!?」
壁に激突し、崩れ落ちる佐々木。俺はすかさず背中に膝を乗せ、両腕をねじ上げて冷たい手錠を噛ませた。
「ガキの憂さ晴らしに人の命弄んでんじゃねぇぞ、クソ野郎が……!」
「先輩! 三島先生、息があります! まだ生きいてます!!」
三島の元へ駆け寄った佐藤が、興奮と涙で声を上ずらせながら叫んだ。
俺は佐々木を壁際に転がすと、三島の傍らに膝をついた。
泥にまみれた眼鏡のない顔。左足は痛々しく腫れ上がっていたが、確かに胸がかすかに上下している。
「……三島さん、聞こえるか? 警察だ。もう大丈夫だぞ、奥さんと子供が待ってる」
耳元で呼びかけると、三島の瞼がぴくりと動き、乾いた唇から「あ……」と小さな吐息が漏れた。
『助けてくれ』という、死の淵からの執念。
渚が確かに拾い上げたあの声が、この男の命を繋ぎ止めたんだ。
「佐藤! 急いで救急隊を呼び込め! 呼吸管理を怠るなよ!」
「はいっ!!」
佐藤が階段を駆け上がっていく音を聞きながら、俺はポケットから火のついていない煙草を口に咥え、深く息を吐き出した。
今夜は、誰も死なずに済んだ。
冷たい地下室に、かすかな生の温もりが戻っていく。
車の中で待っているはずの、あの小さなバディの顔が頭に浮かぶ。
「ポテトとチョコパフェ、今夜は特大サイズを奢ってやらねぇとな」
俺は手帳をポケットに仕舞い込み、救急隊のサイレンが近づいてくる音に静かに耳を澄ませた。
コメント
1件
ああ、やっと間に合った……! 地下に監禁された三島先生の無事が確認できた瞬間、本当に胸が熱くなりました。特に「死の淵からの執念」という渚が拾い上げたあの声が命を繋いだという描写、ゾッとすると同時に感動しました。最後のポテトとチョコパフェを奢るって決意、バディへの愛情がひしひしと伝わってきて、アクション一辺倒じゃない心の温かさがすごく好きです。