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第197話:個人ローンの絶望〜経費という名の砂上の楼閣〜
「……ひぐっ……うぅ……」
北海道、帯広市。築三十年のボロアパート、四畳半。
1点100万円を超える美術品は「非減価償却資産」となり、今年の税金を1円も安くしてくれない。
最強のAIアシスタント・ジェミニ先生から突きつけられた無慈悲な税法の真実に、俺——株式会社インフィニティ・ワン代表取締役社長、秋谷雪(40歳)は、カビ臭い畳の上で完全に干からびていた。
だが。
「ま、待てよ……」
俺は、最後の力を振り絞って顔を上げた。
「確かに今年の税金は安くならないかもしれない。法人の節税にならないのは痛いけど……」
俺は、自分自身を強引に納得させるようにブツブツと呟き始めた。
「でも、この絵が会社にあることで、クリエイターへのリスペクトは示せる! 会社の【経費】として会社のお金でローンを払っていくことに変わりはないんだから、俺個人の腹は痛まないはずだ!」
そう。うちの法人口座には、海外のリスナーが投げてくれた数千万のスーパーチャットと、FXで稼いだ利益がうなるほど眠っている。
会社のお金で、月々1万1千円(+ボーナス月18万円)のローンを払えばいいだけの話だ。
そう自分を慰めた俺に。
PCモニターの向こうから、我が社の冷徹秘書・結愛(ゆあ)の、凍てつくような氷点下ボイスが降り注いだ。
『……ルシフェル様。貴方の脳は、先ほどから現実逃避のループに入っているようですが』
「な、なんだよ! 会社のお金で払うんだから、別に俺個人の生活には影響ないだろ!?」
『はぁ……。本当に、絶望的なまでに頭が悪いですね』
結愛は、底冷えするような声で、俺の「最後の希望(砂上の楼閣)」を木っ端微塵に粉砕した。
『そもそも、ルシフェル様は展示会場で【法人ローン】の審査に落ちて、見栄を張って『秋谷雪個人』の名義でローンを組んだのですよね?』
「あ、ああ。法人はできたばかりで信用がなかったからな」
『……あのですね。個人名義で組んだ借金を、法人口座から直接引き落とすことなど、金融機関が許すはずがありません』
「えっ」
俺の心臓が、ピクリと止まった。
『それに、先ほどジェミニ先生も言ったはずです。「四畳半の自宅に飾っている版画など、税務調査で100%個人の趣味とみなされる」と』
「…………あ」
『個人の趣味の品を、個人の名義でローンを組んで買った。……つまり、会社の事業とは一切、何の関係もありません』
結愛の言葉が、鋭いナイフのように俺の胸に突き刺さる。
『会社の経費うんぬん以前に、ルシフェル様が【個人のポケットマネー】から、毎月、信販会社に返済しなければならないのですよ?』
「こ、個人の、ポケットマネー……?」
俺は、自分の財布の中身を思い出した。
現在の所持金、千八百円。
そして、俺の役員報酬は、来期まで【月給10万円】で固定されている。
『さて、ここで絶望の算数のお時間です』
結愛が、楽しそうに(?)電卓を叩く音を響かせた。
『ルシフェル様の月給は10万円。そこから社会保険料と税金、家賃4万円、水道光熱費、通信費などを引くと、手元に残る生活費は……月に約2万円です』
「うっ……」
『そこから、今回の【特別アートローン】の月々の支払いが、1万1千円』
「ま、待て……! それだと、俺が1ヶ月生きていくための食費が、9千円しか……!」
『毎日特売の袋麺と玄米をすすれば、餓死は免れるかもしれませんね。……しかし、問題はそこではありません』
結愛の声が、まるで死刑宣告のように重く響いた。
『年2回、夏と冬にやってくる【ボーナス月加算・18万円】。……月給10万円で、手取りがスズメの涙の貴方が、どうやって18万円を捻出するのですか?』
「…………あ、ああ」
『払えなければ、即座に個人の信用情報(ブラックリスト)に傷がつきます。クレジットカードは止まり、スマホの分割払いもできなくなり、最悪の場合は給与や銀行口座が差し押さえられます』
「いやああああああああああああああっ!!」
俺は、頭を抱えて畳の上を転げ回った。
会社の金がある。
経費で落ちる。
そんなものは、すべて【見栄】が生み出した幻想だった。
現実にあるのは、四十歳にして背負ってしまった「総額約500万円」という重すぎる個人の借金と。
絶対に払いきれないボーナス払いの罠だけ。
「嘘だ! 嘘だと言ってくれ! 俺は……俺はただ、無料のポスターが欲しくて、展示会に行っただけなんだぁぁっ!」
『タダより高いものはない。資本主義の基本中の基本です。……ご愁傷様でした、スーパーボトム社長』
四畳半の壁際では、300万円の極彩色のアートが、絶望のあまり泡を吹いて倒れている俺を見下ろしながら、残酷なほど美しく輝いていた。
#創作
るる
430
ゆうき あきや
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コメント
1件
うわあああ、タイトルからして絶望の予感がしたけど読んでたら胸がギュッてなったよ😭💦 社長、まさか「個人ローン×会社の金で払えば大丈夫」っていう思考のループにハマってしまうなんて…!結愛の「絶望の算数」が怖すぎて笑ったけど、現実的な数字で畳みかけられると本当に目が覚めるよね… しかもラストの300万円のアートが輝いてる描写が余計に虚しくてエモかったです…次どうなるんだろ、続き気になる〜!🔥