テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
橙×水
控室の空気は、張り詰めた緊張感と、それ以上に濃密な焦燥感に塗りつぶされていた。ソファに深く沈み込むようにして座るほとけの肩が、激しく上下している。喉の奥で鳴る
💎「ヒュー、ヒュー」
という音は、まるで壊れかけた機械の悲鳴のようだった。首筋には浮き出た血管が脈打ち、白いシャツが脂汗で肌に張り付いている。
🐤「いむ、……いむ! 俺の方みて」
りうらがほとけの目の前でしゃがみ込み、その肩を強く掴む。しかし、ほとけの焦点は定まらない。酸素が足りない苦しみに、彼の意識は今、自分の体の内側へと引きこもっていた。
🍣「くそっ、吸入は……っ!」
ないこが震える手でポーチをまさぐり、吸入器を掴み出す。周囲では、他のメンバーたちがそれぞれの役割を果たすべく動いていた。
しょうは背中に手を回し、ゆっくりと、しかし一定のリズムでさすり続けている。
🐰「……んーっ、そう、そのまま。吐いて。ゆっくり、吐き切り。いむくん、俺の声聞こえとる?」
その言葉を拾う余裕さえ、今のほとけにはない。発作は容赦なく彼の肺を締め上げている。喉元をかきむしるようにして、ほとけが
💎「っ、ぅ……あぁ……っ!」
と空気を求める。その声は掠れ、ひどく無力だった。
ないこが吸入器を口元に運び、絶妙なタイミングで噴霧する。
🍣「吸って。……そう、吸い込んで」
冷たい霧が喉を通る感覚に、ほとけが小さく身を震わせる。
それでも、肺は拒絶するように痙攣を繰り返す。苦しさのあまり、ほとけの目からじわりと涙が溢れ出した。視界がぼやけ、自分がどこにいるのかさえ分からなくなるような深い闇が彼を襲う。
🤪「ほとけ、大丈夫やで、俺らおるからな。……泣かんでいい、息だけしとけよ」
いふがほとけの頭を胸元に引き寄せ、圧迫感を和らげるように抱きしめる。
メンバーたちの体温が、熱を帯びたほとけの肌に伝わる。
🤪「聞こえる?、この音、どくどく言っとるやろ? 」
いふがほとけの耳を自分の心臓に押し当てる。ドクン、ドクンと力強い鼓動。それが、ほとけの荒ぶる呼吸を、少しずつ引き戻していく。
💎「……っは……ぁ、……ぅ……っ」
ようやく、笛のような音が少しずつ静まっていった。
過呼吸気味になっていた呼吸が、ゆっくりと、人としてのリズムを取り戻し始める。ほとけは力なくいふの腕の中に崩れ落ち、荒い息を吐き出しながら、何度も大きく胸を上下させた。
💎「……っ、みんな……ごめ、なさ……っ」
かすれた声で絞り出した謝罪に、ないこが厳しい、けれど慈しみに満ちた表情で被せる。
🍣「謝らんでええし。……これ以上やばくなりそうなら、出んくていい。俺らでどうにかするから」
その言葉に、ほとけは小さく首を横に振った。
濡れた瞳で、鏡の向こうにいるメンバー全員を順に見渡す。まだ顔色は悪い。けれど、その瞳には自分たちを信じ、自分を支えてくれる仲間への感謝と、ステージへの執着が揺らめいていた。
💎「……やる。……ぜったい、出る」
その言葉を聞いて、メンバーたちは黙って頷いた。
誰一人として
「休め」
とは言わなかった。彼らは、ほとけがその身を削ってでもステージに立ちたいという、その重い決意を誰よりも理解していたからだ。
🤪「よっしゃ、……あと5分や。最高の景色、見に行こな」
いふが立ち上がり頭ぽんぽんとして、ほとけに手を差し出す。
震えるほとけの手が、その温かな掌を掴んだ。
この数分間の地獄のような時間は、彼らにとって、絆を確かめ合うための過酷な儀式でもあった。
ほとけは自分の手で汗を拭い、再びマイクを手に取る。
もう、さっきまでの弱々しい姿はない。彼は深く息を吸い込み、限界を超えた体で、ステージの眩い光の中へと足を踏み出した。
会場を埋め尽くすペンライトの海。先ほどまでの死闘が嘘のように、ほとけはステージ上で輝いていた。
音楽に身を委ね、最高の笑顔で歌い、ファンと視線を交わす。しかし、その背中越しには、目に見えない「限界」のカウントダウンが刻まれていた。
中盤の激しいダンス。
大きく動くたびに、肺が悲鳴を上げる。吸入器を使い切るほどの全力投球は、今の彼にとってあまりにも過酷だった。
(……やばい、……っ)
歌の合間、ほとけは小さく肩を震わせた。
喉の奥がキュッと締め上げられる感覚。吸っても、吸っても、酸素が肺の深くまで届かない。
喉から漏れそうになるヒューという音を、必死に歌声で誤魔化す。だが、ついに肺が限界を告げた。
💎「……っ!」
次のダンスの振り付けに合わせて大きく動いた瞬間、ほとけの視界が真っ白に明滅した。
息が止まる。
心臓が警鐘を鳴らすようにバクバクと早鐘を打つ。
ほとけは機転を利かせ、何食わぬ顔で後ろを向いた。
背後でファンに背を向けたその瞬間、彼はたまらず喉元を手で押さえた。
💎「……っぅ、はぁっ、ぜぇ……っ!」
マイクを握っていない左手が、自分の胸元を強く掴む。
顔を歪め、脂汗が目に入ってしみる。
後ろを向いている時間は、数秒しかない。
ほとけは必死に息を殺そうとするが、喉は容赦なく喘鳴を奏で始める。誰かにバレれば、即座にライブが中断されてしまう。それだけは避けたかった。
その異変に、誰よりも早く気づいたのはしょうだった。
歌いながら自然に、まるでフォーメーションの移動のように、ほとけのすぐ背後へと滑り込む。
🐰「……っ、いむくん!」
小声で呼びかけながら、しょうは自分の体でほとけの背中を観客から隠すように壁になる。
🐰「……なあ、いむくん顔上げて。まだいける?」
ほとけは言葉を返せない。ただ、必死に首を縦に振ろうとするが、その動きさえも震えている。
その隣で、歌い終えたばかりのりうらも、何事もなかったかのようにほとけと反対側に立ち、観客の視線を自分たちへ引きつける。
🐤「いむ、……呼吸、合わせて」
いむくんのすぐ後ろに密着したしょうが、自分の背中をほとけの背中に押し当てる。
🐰「……せーの、で吐くぞ。……はぁーっ、て、ゆっくりな」
しょうがわざと大きく息を吐き出す音をマイクから少し離した場所で鳴らし、ほとけの呼吸を誘導する。
いふとないこも、視線をほとけの背中に注ぎながら、MCのタイミングを必死に早めようと進行を強引に操っていた。
💎「……っは、ぁ、……っ!」
ほとけは、しょうの背中の温もりを頼りに、必死に肺の空気を絞り出す。
心臓が破裂しそうだ。
目の前のファンは、ほとけが今、酸素のない世界で溺れかけていることなど微塵も知らない。
🐰「いむくん、もういける?」
しょうの切羽詰まった囁き。
ほとけは、潤んだ瞳で強く唇を噛み締めた。
ここで倒れたら、全員の努力が水の泡になる。
彼は再び、無理やり笑顔を貼り付けると、ふらつく足でゆっくりと前を向いた。
その瞬間、照明がほとけを照らし出す。
青白い顔色は、スポットライトの眩しさに紛れて隠すしかなかった。
ほとけは、地獄のような苦しみの中で、震える声で精一杯の歌声を響かせた。
💎「あと一曲……っ!」
ほとけは自分にそう言い聞かせ、極限の肺で残りのフレーズを歌いきった。喉が焼けるように熱く、意識が遠のく感覚と戦いながら、何とかダンスをやり遂げる。
💎「ありがとう……っ!」
メンバーたちの
「ありがとうございました!」
という声に混じり、ほとけも力なく、しかし精一杯の感謝を叫んだ。
曲が終わった瞬間、照明が暗転する。
その暗闇の中、ほとけの足から力が抜け落ちた。
🤪「ほとけ、こっち!」
真っ先に駆け寄ったいふが、ほとけの肩を抱きかかえる。
袖へと続く階段を駆け上がるが、ほとけの意識はもう半ば限界を迎えていた。
ステージを降りて、暗い通路へ足を踏み入れた瞬間――。
💎「……っ、ぐっ……!」
ほとけは膝から崩れ落ちた。
喉の奥を突き上げる激しい発作と、極度の緊張と身体的疲労が限界を超え、彼は袖に入った直後、たまらず壁に手をついて激しく嘔吐した。
💎「……っは、ぁっ、ごほっ、おえっ……!」
胃の中のものを絞り出すような苦しい音が、静かな舞台袖に響く。
先ほどまで眩い光を浴びていた衣装が、冷や汗と吐き気で汚れるのも構わず、ほとけは背中を大きく揺らした。
🍣「いむ……っ、大丈夫やからな……!」
駆けつけたないこ が、すぐにほとけの背中をさする。
背後ではりうらが
🐤「水……! 誰か水!」
と叫び、しょうが即座にタオルと吸入器を構える。
💎「……はぁっ、ぜぇっ、……くそっ、ごほっ……!」
ほとけは涙目で、必死に空気をかき集める。喉はもう炎症を起こして悲鳴を上げている。
先ほどまでステージの上で笑顔を振りまいていた彼が、今は酸素を求めるだけの小さな獣のように震えている。
💎「ごめん……みんな、ごめん……っ、まだ……アンコール……っ」
吐き気と発作で顔を真っ赤にしながら、それでもほとけはまだステージに戻ろうとする。
そのほとけの肩を、いふが強く、しかし優しく押し留めた。
🤪「もういい。休め、ほとけ。……こっから俺らで何とかする」
ないこが手早く、慣れた手つきで吸入器をほとけの口元に押し当てる。
🍣「深く吸って。……そうやで、いい子。……絶対死なせんから、呼吸だけ考えて、な」
ほとけは、仲間たちの荒い息遣いと、自分を囲む温かな手に包まれながら、また一つ大きく嗚咽を漏らした。
ステージからはアンコールを求めるファンの声が、壁を突き抜けて地鳴りのように響いてくる。
その熱狂と、袖のあまりの静寂の対比が、今の彼にはあまりに残酷だった。
それでもメンバーは、倒れ込んだほとけをそのままに、最後の一曲へ向かうための覚悟を固めていた。
ほとけは、自分の呼吸が整わない悔しさと、彼らに負担をかけてしまった申し訳なさで、ただ震えながら、仲間の背中を見送ることしかできなかった。
袖の空気は、張り詰めた緊迫感から、一気に
「生命の危機」
という現実的な恐怖へと塗り替えられた。
吐き気と呼吸困難で体力をすべて使い果たしたほとけは、もはや座り込んでいることさえままならない。床に倒れ込み、激しく痙攣する胸を床に擦り付けながら、まるで魚が陸に上げられたかのように口をパクパクと開閉する。
💎「っ、はぁっ……! ひゅ、ううっ……!!」
喉から鳴る音は、笛から「バリバリ」という湿った雑音に変わっていた。肺に痰が絡み、空気の通り道が完全に閉ざされようとしている。
顔色は先ほどまでの青白さから、次第に土気色へ、そして唇は紫色に染まり始めていた。
🐤「ねえ、顔色やばい……っ! 呼吸の音めっちゃへん!」
りうらが悲鳴のような声を上げる。ないこが必死に吸入器を当てるが、ほとけの喉はもうそれすら吸い込む隙間がない。
ほとけは苦しさのあまり、自分の喉元を爪で深く引き裂くようにかきむしった。首筋に真っ赤なミミズ腫れが刻まれる。
🍣「いむ、やめろ! ……っくそ、息できてない……!」
ないこがほとけの顎を強引に持ち上げ、気道を確保しようとするが、ほとけの体は痙攣で激しく跳ねる。酸素が脳に行き渡らないのか、白目を剥きかけた瞳からは大粒の涙が流れ、床を濡らしていく。
🐰「酸素ボンベどこ! はよ持ってきて!」
しょうがスタッフを呼びに行こうと走り出そうとするが、ほとけがその裾を弱々しく掴んだ。
💎「……しょうちゃ、っ、い、か、な……い、で……」
掠れた、虫の息のような声。
🤪「ほとけ! 喋んな、酸素つかうな!」
いふがほとけを膝の上に乗せ、自分の体でその激しい痙攣を抑え込む。ほとけの心拍は耳を澄まさずとも分かるほど異常に速く、不規則に暴れている。全身から溢れる脂汗で、ほとけの髪も服もぐっしょりと濡れ、それが体温を奪っていく。
ほとけの意識は混濁し、目の前のメンバーたちの顔もぼやけて見える。
(……あぁ、もう、……壊れちゃう……)
🍣「ダメや、脈が……っ。いむ、目開けろ!」
ないこがほとけの胸骨を必死に圧迫するが、ほとけの体からは力が抜け、頭がガクリと項垂れる。
🤪「っ、おい! ほとけ! 俺の声聞こえとる!?」
メンバー全員がほとけを囲み、その小さな身体を必死に繋ぎ止めようとする。
会場のアンコールは最高潮に達し、その音が袖の静寂を容赦なく踏み荒らす。
💎「っ……!」
ほとけが最後に一つ、ひどく大きな痙攣を起こして、そのままピクリとも動かなくなった。
吸い込まれない空気。
静まり返った喉。
ただ、メンバーたちの心臓の音だけが、絶望的なほど激しく脈打っていた。
🐤「……っうそだろ……」
りうらの震える声が、狭い空間に冷たく響いた。
いれいすのメンバーにとって、この瞬間、ライブの熱狂は全て消え去った。
ただ、目の前で命を灯し続けようと必死に足掻いていた弟のような存在を、どうやってこの場所から連れ出し、救い出すか。それだけが、彼らの中で唯一の世界になっていた。
8
29
コメント
3件
まって😭最高すぎます💕 この続きってありますかね😭❓ もし予定していませんでしたら書いていただきたいです💕

うわー!最高すぎます!めっちゃよかったです!結構マジでひすいさんが最近の楽しみになってます笑。語彙力凄すぎてマジで尊敬です!リクエスト答えてくれてありがとうございました!応援してます!
読み終わった……っ🥀💦 めっちゃしんどかった……高校生の表現借りるならガチで「胸が痛い」ってこれだね。ほとけの過呼吸の発作、ステージで必死に隠しながら歌い切るところ、もう読んでてこっちまで息できなくなりそうだった。 特に、メンバーが「休め」って言わずに背中押すところ、でも袖に戻った瞬間に倒れるギャップが重すぎて泣くかと思った……🤍 いふくんが心臓の音聞かせて呼吸誘導するとことか、しょうくんが自分の背中で隠すとことか、みんなの必死な連携が沁みた🖤 まだ1話だけどこれからどうなるんだろう……ほとけの体の限界と、それでも立ちたいっていう執着がぶつかり合ってて、この先が怖いし気になる🥀