長い昔話を聞き終えた私は、呆然として尊さんを見つめた。
情報が多すぎて、どう反応していいのか分からない。
「……引いたか?」
尊さんは心配そうに言い、自嘲する。
「……『何やってんですか、あんたは』って言いたくなりますけど……。でも……」
――この人、忍だった。
ずっと私を見守ってきた事よりも、彼が〝忍〟だった事のほうが私にとっては重要だ。
「……忍、なの? あの橋で私の自殺を止めて、叱ってくれた人……」
自信なさげな表情で尋ねると、尊さんは苦笑いする。
「……ああ。あのあとも生きてくれて良かったよ。……それにお前を助けられたから、俺は希望を見いだす事ができた」
「…………っ」
確認して本当だと認識したあと、目の奥が熱くなって涙を零してしまった。
「~~~~っ、なんで言わなかったんですか! バカ!」
私は起き上がって、ドンッと彼の胸板を叩く。
「だって〝忍〟だって言ったら、お前は俺を特別視するだろ」
「当たり前じゃないですか! 私の初恋の人なんだから!」
「は?」
叩きつけるように言うと、尊さんは目を丸くして固まった。
「全部あなたのせいですよ! 思春期の女の子の自殺を格好良く止めて、フルネームも連絡先も教えず、大人になって再会できたら運命だと思って向き直る? 少女漫画みたいな決め台詞言われて、好きにならない女の子がどこにいますか! あれで性癖歪められたんですから!」
「…………そこまで知らねぇよ」
私が斜め上の反応をしたものだから、尊さんは呆然として頭を掻く。
「だってお前、田村クンと付き合ってただろ。それもすげぇ未練タラタラになるぐらい好きだったんだろ? 会社では負のオーラまき散らしてたし、バーでマスターに絡んでたし……」
事実を指摘され、私は唇を尖らせる。
「尊さんだって宮本さんと付き合ったじゃないですか。いくら初恋の人がいるとはいえ、告白されて良さそうだったら一応付き合いますよ。……〝忍〟と連絡を取れる状況だったなら別だけど、どこに住んでいるか分かりませんでした。……いつ会える保証もないし……」
「そりゃあ……、それぞれの人生だしな。俺だって最初はお前にノータッチで生きていくつもりだったし、まさかこうなると思ってなかったよ」
カウチソファに座り直した尊さんは、機嫌を窺うように私の顔を覗き込み、そっと髪を撫でてくる。
私はその手をギュッと握り、潤んだ目で尊さんを睨む。
「……昭人と付き合っていても、私の心の底には〝忍〟がいたんです。ドラマチックな出会いをしたからこそ、私は〝忍〟を理想化してしまいました。昭人と付き合っていても『〝忍〟ならもっと大人っぽい対応をしてくれる』『〝忍〟は大人だから、きっとエッチも上手に決まってる』と思っていました」
私の言葉を聞き、尊さんは静かに瞠目する。
「それって……」
「多分、私が昭人に本気になれなかったのって、価値観の違いもありましたけど、心の底で〝忍〟を想っていたからなんです」
言ったあと、私は「はぁっ」と溜め息をつき、泣き笑いの表情で彼の胸板をバンッと叩いた。
「責任とれ!」
「…………勿論」
尊さんは色んな感情が混じった表情でぎこちなく微笑み、おずおずと私を抱き締めた。
その表情には、誰にも秘密にしていた事を、やっと口に出来た安堵がある。
すべて打ち明けて私に嫌われるか心配し、受け入れられた喜びもある。でもそれだけじゃ解決しない、申し訳なさや遠慮、悲しみもあった。
「……もぉ……」
私は微笑んで尊さんを抱き締めた。
「……色々あったんですよね。あなたの身に起こった出来事はあまりに壮絶で、普通の人なら精神的に参ってしまってもおかしくなかった。……でも尊さんは妹さんと同じ名前の私に、光を見いだしてくれた」
私はそう言ったあと、顔を上げて尊さんの頬を両手で包んだ。
「私に遠慮しないでくださいね。そりゃあ、ちょっとびっくりしたけど、尊さんを嫌うなんてあり得ませんから。私はあなたをずっと想い続けていたし、あなたが必要。あなたにも私が必要」
そこまで言い、私はニコッと笑った。
「これこそ〝運命〟じゃないですか。私たちは大人になって運命の出会いを果たした。なら、ちゃんと私に向き合ってくれるんでしょう? ……もう、何があっても離れてあげませんからね」
私はにっこり微笑み、彼に口づけた。
唇を押しつけていると、尊さんはギュウ……と私を抱き締めてきた。
気持ちを確認し合うようなキスをしたあと、彼は泣きそうな顔で笑う。
コメント
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ようやくお互いの本当の気持ちを伝え合えた…相思相愛の二人💝 再会でき、12年間想い続けた恋が実って 本当に良かったね…
お互い求めていた。それを話すきっかけが無かっただけだよね。🤗もう離れられない💕一生一緒にいようねヽ(*´∀`)人(´∀`*)ノ💕
よかったね、話せて🥹お互いの存在が生きる糧となって今まで頑張ってきて、やっとやっと通じ合えた💞唯一無二の存在だよ💕