テラーノベル
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来てほしくなかった朝が来た。
目黒は、隣で眠る深澤を起こさないよう、静かに体を起こした。差し込む朝日がやけに眩しい。枕元に置いたスマホを手に取り、慣れた手つきで康二とのメッセージ画面を開く。何度も文字を打ち、そして消した。『ごめん』『体調どう?』『昨日は本当に…』どれも違う気がして、送信ボタンを押せない。脳裏に、夢の中で消えかけた康二の泣き顔がちらつき、その手がぴたりと止まった。
その震える手に、そっと別の手が重なる。ビクッ、と体が大きく跳ねた。振り返ると、いつの間にか起きていた深澤が、寝ぼけ眼でこちらを見ていた。
「…送れないんだろ?無理すんな」
それだけを言うと、深澤は大きなあくびをしながらベッドから出て、リビングへと向かっていった。
時刻は、朝の6時。リビングのテレビからは、メンバーである阿部亮平の爽やかな声が聞こえてくる。こんな朝早くから笑顔でニュースを届けている彼を、目黒は心の底から尊敬した。
深澤は冷凍庫から適当なものを取り出すと、無言でレンジで温め、目黒の前に差し出した。
「退院、9時だろ?準備しとけよ」
そう言うと、深澤は寝室のクローゼットから昨日と同じように岩本の服を取り出し、目黒にぽいと投げる。
「それ着とけ」
自分も手早く着替える深澤に、目黒は何も言わずに投げられた服に袖を通した。なぜかジャストサイズのTシャツは、昨日と同じように、少しだけ心を落ち着かせる香りがした。
着替え終わり、黙って朝食を口に運ぶ。味はほとんどしなかった。
「…行くぞ」
深澤に促され、目黒は重い腰を上げた。マンションのドアを開けた瞬間、冷たい朝の空気が肌を刺す。その表情は、昨夜の悪夢に魘されていた時と同じように、深く、硬く、緊張に満ちていた。
一方、康二が目を覚ましたのは、退院手続きが始まる1時間前の8時だった。ぼんやりとした頭で体を起こし、昨晩お世話になった看護師を探して、ナースステーションへと向かった。
「昨日は…ありがとうございました」
深く頭を下げると、看護師は「気にしないでください。よく眠れましたか?」と優しく微笑んでくれた。その笑顔に少しだけ救われる。
しかし、それも束の間だった。一人で病室に戻った瞬間、現実が押し寄せる。頭から、目黒のことが離れない。楽屋での怒鳴り声、夢の中の冷たい瞳。
(今日は、絶対に会いたくない)
そう心に固く誓う。
(向こうかて、俺に会おうとなんて、思ってへんはずや)
無理やり自分にそう言い聞かせ、心を無にしようと努めながら、康二は黙々と荷物をまとめた。着替えをバッグに詰め、散らかったベッド周りを片付ける。その一つ一つの作業が、まるで分厚い壁で自分の心を覆っていくようだった。もう、傷つきたくない。ただ、それだけだった。
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