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「なるほど。空手の構えは、足を取る為の作戦でしたか――とはいえ、リスクの高い賭けでしたね」
相変わらず、無表情でスクリーンを見上げながら呟く詩織。
「ああ……でも、スピードと飛び技が売りの佐野にとって、足はまさに生命線だ。あれくらいしなけりゃ、取らせて貰えないさ」
「で、てもよ……ちょっとしつこ過ぎるんじゃねぇか、あれは?」
スクリーンの中では、かくやが膝を抱えてうずくまる佐野を強引に引きずり起こし、すぐさま足を取りドラゴンスクリューを仕掛ている。
『栗原、ドラゴンスクリューの四連発――いや、五連発だー! 執拗に佐野の右膝を責め立てて行きます!』
絵梨奈の言葉とかぐやの責めに、佳華は苦笑いをうかべた。
ドラゴンスクリューは痛め技としては、かなり強力な技だ。事実、最強の肩書を持ち、団体の絶対的エースと呼ばれていた名レスラーがドラゴンスクリュー一発で靱帯を断裂した例もある。
確かにそれくらいしないと、今のかぐやでは佐野には勝てないだろう。そして、そこまでして勝ちに拘るかぐやを見て、佳華の表情が苦笑いから優しい笑みへと変わって行った。
「乙女だねぇ……」
「「はあっ?」」
佳華の意味不明な呟きに、絵梨奈と詩織は同時に首を傾げた。
※※ ※※ ※※
『栗原っ! 怒涛のドラゴンスクリュー七連発から、フィギアフォーレッグロック! 足4の字固め(*01)に移行っ! 膝へ攻撃の的を絞り攻め立てる!』
「ぐあぁぁ……ああ」
「佐野、一応聞くけどギブアップか?」
かぐやの仕掛ける足4の字に、ギブアップの確認を取るレフリーの智子さん。
「じ、じゃあ、一応聞きますけど……ギブアップって言ったら認めてくれるんですか?」
「この程度で認めるワケないだろう。お姉さんは、お前をそんな根性なしに育てた覚えはないぞ」
確かに智子さんには色々と稽古を着けて貰った事もあるけど、あれは育てたというより完全にシゴキ、もしくは虐待だったぞ。
いや、それよりも――
「だ、誰がお姉さんですか……? お母さんの間違えじゃ――」
「栗原、もっと締めてやれ」
「イエス、マム!」
「がぁぁああーーっ!」
ち、ちょっと――レフリーが片方を贔屓していいのか?
「ふふふ――懐かしいわね。覚えてる、優人?」
「くっ……な、なにをだよ……」
オレの膝をグイグイと締め付けながら、不自然なまでに晴れやかな笑顔でニコニコと笑うかぐや。
「足4の字は、優人に初めて掛けられたプロレス技よ」
「お、覚えてねぇーよ、そんな昔のこと……」
「そう? わたしは覚えてるわよ。プロレスのプの字も知らなかったわたしに……しかも、スカートのわたしに……スカートが捲れてるのも無視して強引に――」
かぐやの笑顔が、段々と邪悪な笑みへと変化していく。
「い、いや、ちょっと待てかぐや。別にオレは、お前のブレザームーンのキャラパンになんか興味なかっ――」
「覚えてるじゃないのっ! しかもシッカリとガラまでっ!!」
「ぐあぁぁあああぁーーーーっ!!」
被り気味に声を荒げ、腰を浮かしながら足を持ち上げるかぐや。絡まった足が更に深く食い込み、オレの足を限界まで締め付ける。
「佐野っ! ギブアップか? ノーだな、OK」
決めつけないでぇ~っ! いや、ギブアップしないけどさ……
しかしかぐやとて、そんなムリな状態をいつまでも保てるワケもなく、浮かせた腰を下ろしていく。
今だっ!
足が降りて来る反動を利用し、かぐやの身体ごと体勢をひっくり返して、うつ伏せに移行するオレ。足4の字は技の性質上、うつ伏せになると技をかけている方が苦しくなるのだ。
「うっぐ……アマいっ!」
オレが体勢をひっくり返した勢いをそのままに、かぐやは再び身体を回転させ仰向けへと戻す。
「アマいのはお前だ、かぐや」
しかし、ゴロリと体勢が一回転したおかげで、オレの左手がサードロープへと届いた。
「「ちっ!」」
「あ、あれっ? いま、舌打ちが二つ聞こえたんですけど……」
「気のせいだろ――栗原、ロープブレイクだ」
智子さんのブレイク指示に従い、素直に4の字を外すかぐや。オレは隙かさず、転がるように場外へとエスケープする。
「おい、栗原。場外戦はホドホドにしておけよ」
「分かってますよ」
膝を抑えてうずくまるオレの背後から聞こえる会話に、かぐやも場外へ出てきたのだと理解する。
まっ、追撃するには、絶好チャンスだ。当然と言えば当然だろうけど――
「おい、かぐや。こんなとこまで追い掛けて来るなんて、どんだけオレのこと好きなんだよ?」
「バ、バカ言ってんじゃないわよ! この変態っ!」
「ぐがっ!」
オレの軽口に、膝への低空ドロップキックを返すかぐや。昔からホント冗談の通じないヤツだな……
『栗原の執拗な膝攻撃が続く! うずくまる佐野の髪を掴んで引きずり起こし、膝を折り畳んで持ち上げたーーっ! あーっと! その持ち上げた膝を、場外の鉄柵に叩きつける! 鉄柵へのニークラッシャーだっ!』
「がぁ……あっ!」
声にならない悲鳴……ま、マズイ……膝が痺れて、段々と感覚がなくなって来た……
『おっ? 栗原、なにをする気だ!? リング下にから、なにかを探しているぞ――』
※※ ※※ ※※
『栗原っ! なんと、リング下から椅子を取り出したっ!』
かぐやが取り出したのは、リング下に収納されていた、折り畳み式のパイプ椅子。観客席の椅子と同じ物で、予備として保管されていた物だ。
(*01)足4の字固め
仰向けの相手に仕掛ける足への関節技。
相手の足が数字の4の字になる事から、足4の字固めと呼ばれている。