コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「オイオイ、かぐや。椅子は勘弁してくれ……それは幸楽園の備品だそ。壊したらウチで弁償しないと――」
『あーっと! 栗原っ! 折り畳んだ椅子を佐野の膝に、力いっぱい打ち付けたぁーーっ!』
眉をしかめる佳華の願いも届かず、佐野の膝へと打ち付けられた椅子の背もたれがグニャリと変形する。
「あっちゃぁぁ……」
額を抑え、ガックリと肩を落とす佳華。しかし、そんなセコい経費の心配をする社長をよそに、かぐやは椅子を使って佐野の膝を責め続ける。
とはいえ、さすがにこの攻撃には、会場からかくやに対してのブーイングが起こった。
「ちょっ! あ、あの優等生で|善玉《ベビーフェイス》のかぐやが、ブーイングされるなんて初めて見たぜ……」
驚きの表情を浮べ、絵梨奈は会場を見渡した。
「さしもの栗原も、なりふり構っていられないのでしょう。しかし、あの攻め方は有効です――わたしの見た限り、あの男の娘はスピードとバネ、それに技の切り返しの上手さ、なにより返し技の上手さが強さの要因。そして足を殺せば、そのほとんどを封じる事が出きる」
詩織の冷静にして的確な分析に、佳華は感心する。あと、強いて上げるとしたら身体の柔らかさと受け身の上手さも佐野の強さの要因だろう。
「まっ、詩織の言う通りだな。それに、あれだけ足を責められれば、もう足の感覚はマヒしているだろうしな――プロレスラーなんだ、技をかけられれば痛いのは当たり前。痛みなんて、そんなのは我慢すればいい。でも感覚がマヒして身体がいう事をきかないてぇのは、どうする事も出来ないからな――」
佳華は一旦言葉を区切り、真剣な眼差しでブーイングに包まれるスクリーンを見上げた。
「さて、試合は終盤だ。佐野……この危機をどう切り抜ける?」
※※ ※※ ※※
『栗原、グニャグニャに変形した椅子をエプロンに置いた! 今度は何を仕掛け気だ!?』
椅子の鉄パイプを使って、膝をグイグイと締め付けていたかぐや。今度はオレの腕を掴んで、無理矢理に引きずり起こす。
「おらっ! 立ちなさいよ!」
「くっ……お、おい、かぐや……あんまり備品は壊すなよ。弁償する方の身にもなってみろ。自慢じゃないがウチの団体は貧乏なんだぞ」
一応、副社長という立場上、かぐやに苦言を呈するオレ。
しかしかぐやは、そんなのお構いなしにサイドから組み付き、オレの右膝を折り畳みながらリフトアップ。
「椅子の一つや二つ! アンタに勝てるなら、わたしが喜んで弁償してあげるわよっ!」
「がぁぁああぁぁっ!」
『エプロンの椅子を使ったニークラッシャーッ!(*01) 変形した椅子に、佐野の膝を叩きつけるーーっ!』
脳天まで突き抜けるような激痛。額から流れる汗が視界を滲ませる。
膝を抑えてダウンするオレに更なる追撃を仕掛けようと、かぐやがオレの前髪を掴んだ。
「お~い。キャラパンとオネエ・様。もうカウント15だ。そろそろリングに戻れ~」
「キャラパン言うなっ!!」
「オネエ・様言うなっ!!」
リング上から掛る智子さんの声に、抗議の声を上げるかぐやとオレ。それでも渋々と従い、かぐやはオレを立たせるとリングの中へと押し込んだ。
続いてリングへと戻るかぐやは、まだ立つことの出来ないオレの右足を掴み、リングも中央まで引きずって移動する。
そして、そのままオレの右足を自分の首の後ろに巻きつけると、上体を起こしながら立ち上ってオレの身体を宙吊りにした。
『おおっと、これは珍しい! スタンディングのストレッチマフラー(*02)だ!』
「ぐっ……がっ……」
かぐやの首の後ろに当る右足の膝裏を支点にして、逆さ吊りにされるオレ。かぐやが身体を揺らす度に膝へ激痛が走り、頭に血が登っていく。
「ちょっと優人! アンタ体重軽過ぎるわよっ! ケンカ売ってんのっ!?」
「知るかぁっ!」
てゆうか、いくら軽いからって、ストレッチマフラーを|立ったまま《スタンディング》で仕掛けるか、普通ぅ?
とはいえ、寝技で仕掛けられたらロープまでエスケープするしかないが、スタンディングなら返しようがある。
軽量級を舐めるな…………よっ!
オレは、逆さ吊りの状態から腹筋で上体を起き上がらせると、オレの足を抑え込んでいたかぐやの左腕を掴んだ。
「おりゃっ!」
「えっ……? がっ!?」
そして、更にそこから、上体を起した勢いをそのままに、かぐやの側頭部へ思い切り|頭突き《ヘッドバット》を叩き込む。
不意を突かれ、かぐやはフラつきながらオレの足を抑えていた手を離した。もしかすると、軽く意識が飛んだのかもしれない。
対して、空宙へ投げ出される形になったオレは、バク転をするように身体を後ろへと仰け反らせて、うつ伏せに落下しながら両手と左足の三点で着地した。
頭を振りながら、足を踏ん張る様にして立つかぐや……恐らく、軽い脳震盪を起こしているのだろう。
畳み掛けるなら、今しかないっ!
オレは、動かない右足に喝を入れ立ち上がると、間合いを詰める様に左足で踏み込んだ。
そして、その踏み込んだ足で|地面《キャンバス》蹴り、垂直に飛び上がる。
「決まれっ!!」
気合の掛け声を上げ、空中で二段飛び。踏み込んだ足と同じ左足の膝で、かぐやのアゴを蹴り上げた。
『ジャストミィィィィィートッ!! 佐野っ! 起死回生の虎王炸裂っ! 栗原っ! 膝から崩れ落ちる!』
明菜さんの言う通り。膝から崩れ落ちる様にして、うつ伏せにダウンするかぐや。力なく脱力した身体に、光を失った虚ろな瞳……
完全に意識は飛んでいるだろう。
とはいえ――
『ああーーっと!! 放った佐野も、その場でダウンッ! フォールに入れないっ!!』
空中での姿勢制御も、その後の受け身も考えずに放った渾身の一撃。
ろくな受け身も取れず、オレは不格好な姿勢で背中からマットへと落下した。
背中から胸へと抜ける様な激痛に息が詰まる――
腹筋から始まった一連の動きを、ほぼ無呼吸状態で行っていたオレ。不足した酸素を何とか脳へ送り込もうと、痛みを堪え小刻みに浅い呼吸を繰り返した。
『さあぁ、レフリー大林。両者の状態を確認して、ダウンカウントに入った』
さて、これでダブルノックダウンになんてなったら、目も当てられない。なんとか立ち上がらないと……
かぐやが起き上がらない事を祈りながら。
※※ ※※ ※※
「まさか、あそこで虎王を出してくるとは……」
ダウンカウントが進む中。懸命にロープへと這い寄り立ち上がろうとする佐野に目をやりながら、詩織は驚きを隠しきれずに呟いた。
「立てぇーっ! 立つんだニィちゃんっ!! そんでそっちは、寝とれかぐやぁーっ! ぷりーず、すりーぴんぐやぁっ!!」
そして、佳華を挟んで反対側では、ファンに混じって歓声を上げてる絵梨奈の姿。
発音は関西弁っぽいが、とりあえず英単語的には間違っていなか。てゆうか、大昔に観たボクシングアニメで、そんなシーンがあったな――
佳華は、そんな事を思いながら苦笑いを浮かべた。
「虎王は現状で、佐野が出せる最も威力が高い打撃だろうな。ただ――」
逆接の接続詞を口にして、一旦言葉を区切る佳華。
その彼女の眼前にはロープにしがみつき、カウント6でどうにか立ち上がった佐野の姿。そして、ニュートラルコーナーにより掛かる様にして立つその佐野の眼前には、ロープへと這い寄り、サードロープを掴むかぐやの姿があった……
「ただ、所詮は左足の虎王……かぐやを仕留めるまでにはいかんわな」
「ええ。間合い、角度、タイミング……明菜さんじゃありませんが、どれもジャストミートでした。もしも、利き足で決めていたら、試合は終わっていたでしょうけど」
ガックリと肩を落とす絵梨奈とは対照的に、カウント9で立ち上がったかぐやに、会場から歓声が湧き上がる。
その歓声と声援を背に受け、対角線のニュートラルコーナーへともたれ掛かり呼吸を整える二人……
(*01)ニークラッシャー
相手の膝を折り曲げた状態で抱え上げ、立てた自分の太腿に叩き付けて膝や脛を痛めつける技。
相手の足を鉄柵や机に叩きつけるパターンもある。
(*02)ストレッチマフラー
膝裏を自分の首に後ろに巻きつけ、そのまま首で足を持ち上げる様に絞り上げると言う技。
基本的にはダウンしてる相手に使う技だが、パワー系レスラーはそのまま立ち上がり、相手を宙吊りにして自分のパワーのアピールに使う事もある。