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「そう構えなくていいよ。怖い人たちじゃないから」
「……涼さんは素敵な人ですし、疑ってはないんですが」
伝われ、この気持ち。
その時、電子音が鳴って《お風呂が沸きました》と音声案内がした。
「お先にどうぞ」
涼さんに言われ、覚悟を決めた私は「どうも」と言って立ちあがる。
「ボディソープ、何を使うか決めた?」
涼さんは洗面所までついてきて、先ほどの収納を開ける。
「いやー……、こういうの全然使わないので、何がいいのか分かりません」
素直な感想を述べると、涼さんは「恵ちゃんのイメージはー……」と言いながら棚を前に手をさまよわせる。
「恵ちゃんはさっぱり系の香りかな。ジョー・マローンのライムバジル&マンダリンにしておこうか」
「……ならそれで」
私はもう、「お任せコースでお願いします」状態だ。
ランドからのお泊まりでクレンジングとかは持ってきているので、そこだけは死守する。
もっと言えばパジャマも一応持ってきてるんだけど、この豪邸でフェスTシャツとヨレヨレのハーフパンツを着るのは憚られた。
ランドでは部屋にパジャマがあったからそれを着たけど、彼の前で普段のパジャマ姿にならなくて良かった。
「……じゃあ、お先にいただきます」
私がペコリと頭を下げると、涼さんは「書斎にいるから、終わったら教えて」と去っていった。
バスルームはとても広くて、私の住んでいる賃貸マンションのそれとは大違いだ。
おまけにジェットバスだし、浸かった時に肩を温めてくれる奴もついている。
私は涼さんに『良かったらこれ入れて』と言われた、タブレット状の入浴剤を三錠入れ、シュワシュワと溶けるうちに髪や体を洗う事にする。
用意してもらったシャンプー、トリートメントで髪を洗い、涼さんはボディタオルや海綿など、未開封の物を色々用意してくれたけど、普段通り手で体を洗った。
(なんじゃこりゃ、いい匂いする……)
使わせてもらったボディソープはスッキリしたライムの香りがして、とてもいい匂いだ。
ちなみに涼さんもとてもいい匂いがするので、使っている香水を教えてもらったら、メゾンマルジェラのレプリカ、ジャズクラブという奴らしい。
ラムやバニラ、タバコやピンクペッパーなどが混じった、大人の男性という感じの香りだ。
(いい匂いばっかりでフワフワする……)
実際、涼さんの家もあちこちにディフューザーがあり、プンプンとは香らないけど、そこはかとなくいい匂いがする。
(いつも朱里を抱き締めて『いい匂いがする』って言ってたけど、私もああなれるのかな)
朱里から誕生日プレゼントにコスメ系をもらう事はあるけど、匂い物は『好みがあるから』と言って避けていたようだった。
そして『恵の好きな香りが知りたいから、一緒に香水見に行こう』と誘われてはいたけど、百貨店の化粧品フロアに行くと、全体的に匂いがきつくて好みを判別するどころじゃないので、延ばし延ばしにして今日に至る。
体も手も保湿はドラストの物で充分だし、制汗スプレーや柔軟剤でも割と匂いがするので、『香水は特にいいや』と思っていた。
けど朱里も篠宮さんも、いつもいい匂いがしていた。
加えて涼さんの匂いも、ずっとクンクンしていたくなる香りで、自分もそれレベルにならないと駄目なのかな……と、今ぼんやり思っている。
(あぁ~……、気持ちいい……)
本当に私の賃貸マンションのお風呂は小さくて、浴槽は一般的なサイズではあるものの、洗い場は非常にコンパクトだ。
(空間が広いっていうだけでも、こんなに気持ちが違うんだな)
おまけにバスルームには防水が効いた液晶やスピーカーもあり、浴槽の縁にはアロマキャンドルもあって朱里みたいだ。
(それにしても、朱里が篠宮さんと暮らすようになってお泊まり会ができなくなったな。今はまだうちにこればいいけど、私が涼さんと暮らし始めたら……。そういう自由はなくなるのかな。……安いホテルでも泊まればいいかもしれないけど、わざわざお金を出すのもなぁ……)
考えているうちに温まったので、上がる事にした。
フカフカのバスタオルで体を拭いてフェイスケアをしたあと、せっかく置いてあるのでボディクリームを塗ってみる。
(『注文の多い料理店』みたいだな……)
私はいい匂いのする自分の腕をクンクンと嗅いだあと、高級パンツを穿いた。
パジャマを着たあと、高級ドライヤーで髪を乾かすと、あっという間に乾いてトゥルントゥルンになった。
「すげー……」
私は鏡の前に立って、髪を手でサラッ、サラッとする。
しばらくしてハッと我に返り、「篠宮さんみたいだから『すげー』って言うのやめよ」と自分に言い聞かせた。