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「お先にいただきました」
少し緊張して書斎から顔を覗かせると、黒縁眼鏡を掛けた涼さんがこちらを見た。
「ああ、もう上がった?」
ハイキマシタ、イケメンメガネー!
「…………っ」
不意打ちで眼鏡姿を見せないでほしい。心臓に悪い。
(イケメンってどんなアイテムをつけてもイケメンなんだな。鼻眼鏡つけてやりたい)
私は悔し紛れにパーティーアイテムをつけた涼さんを想像するけれど、それはそれで面白いのでアリかもしれない。
むしろ、彼ならジョークグッズを使って全力で笑かしてきそうで、油断できない。
涼さんは椅子を回転させてこちらを見ると、腕組みして尋ねてくる。
「一つ確認し忘れていた事があるんだけど、一緒に寝ても大丈夫? それとも慣れるまでは別の部屋にしておく?」
そう言われ、少し意外に思った私は呆けた顔をしてしまった。
ここまでお膳立てされたので、てっきり一緒に寝るものと思っていた。
強引に事を運ばないのは彼らしいけれど、いざという時に引かれると、肩透かしを食らった気持ちになる。
お風呂に入ったのだって、抱かれる前提……とは言わないけど、半分ぐらいはある程度の覚悟をしての事だった。
私はどう反応したらいいか分からず、スンッ……として沈黙する。
さっきは涼さんがハニワ顔をしていると思ったけど、多分いまの私もハニワ顔になっている。
すると彼は小首を傾げて微笑んだ。
「一緒に寝ても大丈夫そう?」
「……う、うう……」
誘導されてるなぁ……。
「一応、恵ちゃんの部屋にしようと思っている所、案内しておこうか」
そう言って涼さんは立ちあがり、書斎を出るとスタスタと歩き、玄関前のギャラリーホールを抜けて奥へ向かう。
「こっちは客室が三つあるんだ。あと、トイレが三つと風呂が二つ、洗面所一つ」
「なんでこんな家に一人で住んでるんですか」
私は思わずいつもの調子で突っ込む。
涼さんは歩きながら、通りすがりのドアを軽く開け、中を紹介してくれる。
ギャラリーホールを抜けてすぐに収納やトイレがあり、サブの玄関まであった。
廊下を進んで右手側にはランドリールームに洗面所、トイレとお風呂が本当にツーセットある。アホじゃなかろか。
左手には十畳の部屋、十畳弱の部屋、一番奥に十一畳の部屋があり、その部屋にはウォークインクローゼットもあった。
「俺の生活圏から一番遠いんだけど、この部屋が一番広いし、ウォークインクローゼットもあるから便利かなと思って」
同じ家の中なのに、生活圏という言葉が出てくるとは思わなかった。
どの部屋もバルコニーに面していて、一つ目と三番目の部屋はお客さん用のベッドは置いてあるけれど、割とガランとしていてすべての部屋をきちんと使ってなさそうだ。
「尊が泊まりに来る時は、二番目の部屋に入り浸ってるかな。あそこは漫画部屋にしてるから、好きなだけ漫画を読んでるんだよ」
「へぇー……、意外……」
「子供時代に抑圧された生活を送っていたから、ろくに漫画を読んでいなかったみたいでね。大学生時代に『面白いよ』って漫画を貸したら、興味を持ったみたいだ」
「ちなみにどんなジャンルなのか、見てみてもいいですか?」
「どうぞ」
二人で一つ前の部屋に戻ると、中には本棚がびっしりある。
本が日焼けしないようにカーテンを閉めている他、地震があった時に倒れないようにしっかり固定されてある。
「へぇー……」
図書館みたいに入り組んだ本棚を見ていると、幅広いジャンルの本が置かれてある。
少年漫画に青年漫画、意外と少女漫画もあるし、ラノベもある他、一般小説にミステリー小説、時代小説、難しそうな専門書もあれば、ファッション関係の本、その他雑多とした趣味関係の本や雑誌もある。
「趣味の幅が凄い!」
芸人さんみたいな口調で言うと、涼さんがクスクス笑った。
「恵ちゃんも好きなの読んでいいよ。入荷してほしい本があったら、司書まで教えて」
「あはは! 司書って」
思わず声を上げて笑うと、パチッと涼さんと目が合ってしまう。
(あ)
そう思った瞬間、私は彼に抱き締められていた。
「ん……」
やっぱりいい匂いがして、私は思わず彼の匂いをそっと吸い込んでしまう。
涼さんは私の背中をトントンと叩いたあと、体を離した。
「俺も風呂に入ってくるね」
そう言って彼は部屋を出て廊下を歩いていく。
彼の後ろ姿を見て、私はギュッとルームウェアの生地を握り、赤面して覚悟を固めていったのだった。