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アシュフォード公爵家の嫡男、ルカ(中身は元ニートの佐藤健二)に、新たな受難が訪れた。父である公爵の命令により、魔物が頻出する辺境領の視察へ向かうことになったのだ。護衛として付けられたのは、帝国でも一、二を争う実力者であり、「氷の剣聖」と恐れられる女性騎士、ナツメだった。
漆黒の髪をポニーテールに結い、鋭くも美しい切れ長の瞳を持つナツメは、冷徹なまでに真面目な性格だった。彼女は、馬車の中でガタガタと震えているルカをじっと見つめる。
「……(うわあ、めちゃくちゃ強そう。睨まれてる、俺殺されるの?)」
ルカは恐怖のあまり、ナツメと目を合わせることができず、顔を真っ青にして俯いた。
「……アシュフォード様。案ずることはありません。貴方様のその凛々しきお姿、既に覚悟は決まっておられるとお見受けします。このナツメ、命に代えても貴方様をお守りしましょう」
ナツメの目には、恐怖で震えるルカが「迫りくる困難を前に、静かに闘志を燃やす孤高の貴公子」に見えていた。
視察の道中、一行の前に巨大なオーガの群れが出現した。護衛の兵士たちが色めき立つ。
元ニートの健二にとって、本物の怪物は画面の向こう側の存在でしかない。あまりの迫力に腰が抜けたルカは、反射的に目の前にいた一番強そうな人物――ナツメの背後に回り込み、そのマントをギュッと掴んで隠れた。
「ヒッ……!(助けて、死にたくない! 前に出たくない!)」
健二としては「盾」としてナツメを利用したつもりだった。しかし、ナツメの背中に伝わったのは、ルカの温もりと、わずかな振動だった。
「……っ!?」
ナツメは衝撃を受けた。帝国の至宝とも呼ばれるルカが、あろうことか一介の騎士である自分の背に隠れ、衣を掴んでいる。普通なら臆病な振る舞いに見えるはずだが、ルカの美貌と、掴まれた場所から伝わる(恐怖の)震えが、彼女の脳内で劇的な変換を起こした。
「(……なんてことだ。この方は、私を『全幅の信頼を置くに足る騎士』として選んでくださったのだ。背中を預けるという、騎士にとって最大の栄誉を、言葉ではなく行動で示してくださるなんて……!)」
ナツメの頬が朱に染まる。彼女は鋭く剣を抜き放ち、オーガたちを一喝した。
「アシュフォード様、ご安心を! 貴方様の信頼、この剣に懸けて応えてみせます!」
ナツメは神速の剣技でオーガを次々と一掃していく。返り血を浴びながらも戦う彼女の姿は、まさに戦女神のようだった。
一方で、ナツメの背後で小さく丸まっていたルカは、「うわぁ、血が飛んできた、怖い、帰りたい」と心の中で号泣していたが、周囲の兵士たちはその光景に感銘を受けていた。
「見ろ、ルカ様だ……。あえて自分は動かず、部下に花を持たせるとは……。なんと器の大きいお方だ」
「ナツメ殿を奮い立たせるために、あえて『弱さ』を演じて信頼を示されたのだな。深い、あまりにも深い采配だ……!」
魔物を殲滅し、剣を鞘に収めたナツメがルカを振り返る。その瞳には、かつての冷徹さはなく、熱い心酔の色が宿っていた。
「アシュフォード様……感謝いたします。私のような者に、背を預けてくださり……。一生、貴方様の後ろ盾(シールド)として仕える所存です」
「……あ、あぁ。よろしく(えっ、なんかめちゃくちゃやる気になってるけど、とりあえず助かった……)」
ルカが安心から力なく微笑むと、ナツメはその眩しさに呼吸を忘れ、背後の兵士たちは「勝利の女神さえも跪く微笑みだ!」と一斉に鬨(とき)の声を上げた。
こうして、ルカがナツメの後ろに隠れるたびに、彼女の忠誠心と恋心は測定不能なレベルまで跳ね上がっていくことになったのである。