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空音
37
シュメール
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「だったらちょっと聞きたいんだけど・・・」
思った事を口に出さずにはいられない、ケチな主婦ブロガーが身を乗り出して希実に聞く
「小説が人に教えられないと言うんなら、どうしてお金を払ってこの教室に来たの?一人で勝手に書いてたらいいじゃない?」
「それは・・・まぁ・・・」
コホンッとひとつ希実が咳をした、睫毛を伏せて束の間、視線を机の上に落とす
「まったくこんな講座に反対って訳じゃないんだけど・・・役に立つかどうかまだ判断がつかないってだけで、私はもう自分の本を書き終えているし、それが凄く出来が良いのは分かっているし、後は添削ぐらいなの」
「どこかに出版が決まっているの?」
隣に座っている郵便局員が嬉々として希実に聞いた
「それは・・・まだだけど・・・ここで何か情報がもらえるかと思ってね」
しばらくは誰も口をきかなかった、桜子は言った
「あなたの作品が、誰もが憧れる【完結】済みなのは素晴らしいことです、私は皆さんの力になれればと常に思っていますよ」
桜子が長年の「優等生」としての講師の皮を被って続ける、こんな小娘に授業を邪魔される訳にはいかない
「ひとつハッキリしておくことがあります、ものを書くということは孤独な作業です、作家なら誰もが体感していることです、仕事は常に一人でやります、普通の仕事で起こる取引先とのミーティングや、製造過程で相談しながらチームで作業することもありません、仕事場所は自宅で、部屋には自分一人のみ・・・資料調査も添削も何もかも自分一人で行う仕事です、編集者でさえ、作家が出来上がったものを確認するだけです、これほど孤独な仕事は他には無いと私は思っています」
桜子は背筋を伸ばし、生徒全員を見渡すように視線を広げた
「だからこそ、執筆には他人の目が必要なんです、どこが上手くいっていて、何が人を懸念させているのか、書き手は知らないといけません。でないと自分自身の殻に閉じこもってどんどん暴走し、唯我独尊の仙人のような思考に陥るのです、実際編集者さんは、多くの作家は社交性に欠けているモンスターが多く、扱いに困っているというのが本音なんですよ」
郵便局員も主婦ブロガーもキラキラした尊敬の眼差しで桜子を見る
「それ故に、どんなに成功している作家でも、その成功がどれほど大きくても、彼らには必ず信頼する読み手がいるんです。自分の作品が商業で世に出るまでに、それこそ長い月日をかけて、何十人という専門家の目に晒され、編集会議にかけられ、自分の未熟を指摘され、作り変えられるんです。そんな時に自分の文章こそが唯一無二だと思っているあなたは、その屈辱に耐えられますか?」
主婦ブロガーはやっぱり毎月自分のへそくりから出しているこの教室の授業料はムダではないと思ったみたいだ、今はうんうんと首を縦に振っている
「つまり書き手ならば、そういう信頼おける読み手を自分の創作過程に招き入れるべきですし、まさにこの小説教室でやっていることがそれです。ここにいる同じ立場の仲間の書き手から多くのことを学べるのを私は期待しています」
「そうだよ、僕も桜子先生やここにいる皆に僕の作品を見てもらって凄く上手くなったんだ、君も勇気を出してみたらどうかな?せっかく雨の中ここまで来たんだし」
希実が自分の作品を出し惜しみしているのは勇気が無いからだと勘違いした郵便局員が、励ますように彼女に言った。希実は少し考えるようにしてから視線をまたすぐに教室の中へ戻す
「もちろん、皆の文章には喜んで意見を言わせてもらうわ、でも私の作品をここで披露する気はないわ、私の作品は誰かのセンスで書き変えられるものでは決してないの、どんな人でもね、原作はこのままよ」
そう言うと彼女はその後のディスカッションでも、自分の作品のネタバレは一言たりとも漏らすまいとピタリと口をつぐんだ、腕を組んで背もたれに体を預けて、周囲のやり取りを値踏みするように眺めているだけだった
そして教室が終わり、いつものように皆で雑談をしている時に柚原希実が桜子に作品の添削に桜子を雇いたいと言ってきた
帰り支度をする生徒達の合間を縫って、希実は車椅子をすっと桜子の傍まで寄せ、周りに聞こえないよう声を落としてそれだけを告げた
そういう訳で、締め出された時間貸し教室の隣のフードコートのテーブルで、今桜子は希実と二人っきりで向かい合っていた
窓の外の雨はまだ止まず、ガラス越しに大型駐車場のライトが点々と滲んでいる
コメント
2件
希実の自信には清々しささえ覚えるね😆すごく面白い小説なんだろうな☺️桜子、変な気を起こしませんように🙏過去の過ち肝に銘じてね!
うわ、この教室の空気、生々しい……! 希実の「自分の作品は誰にも書き変えさせない」って頑なな感じと、最後にこっそり桜子にだけ添削を頼む矛盾がめっちゃ気になる。伏線っぽい。盗作タグも効いてるし、この先どう転ぶか楽しみすぎる。引き続き読みます!