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「そういうことだったんですね。ありがとうございます。教えて下さって」
「ううん……いや、ブライト、私こそごめん」
気持ちの良いとある日の朝方、聖女殿ヘ尋ねてきたブライトを出迎えつつ、神殿に出向き、女神の庭園で話をしていた。女神の庭園は相変わらず暖かくて、晴天で、そよそよと気持ちのよい風が吹いている。
ブライトは、木の株に座りながら、私の話を聞いてくれていた。時々魅せる苦々しい顔を見ていると、心がキュッと締め付けられた。
もの凄く、さっぱり言うと、混沌は眠りにつき災厄は終わったわけだ。
何もなかったように、それこそ嵐が去ったように。けど、内心腑に落ちない部分があって、やるせなさや、いたたまれない気持ちで一杯だった。救いたかった人が救えなかったこと。得たものもあったけれど、失ったものも多い。
リースは、私達を助けるために、王宮に乗り込んできた……意図的に転移させられたわけだが、あの後、まわりがどうなったかは後から知ったそうだ。ルーメンさんが指示をとって、そして、ブライトとアルベドとアルバは別の所で戦って。皆それぞれの所で戦っていて、戦力が分散されたそうだ。私は、そこまで大きな戦いだとは思わなかったけれど、ヘウンデウン教の勢力は思った以上だったらしく、苦戦を強いられたとか。
そして、ヘウンデウン教は、災厄が終わると同時に、姿を消したとか何とか。斬滅させられなかったため、これからもヘウンデウン教は各地で悪さをするだろうと言うことだ。結局の所、ヘウンデウン教との戦いは終わらなかった。混沌と人間の戦いかと思っていたけれど、実際は、人間と人間の争い愛だったのだと。そんな、つまらないような結末。そして、これからもその戦いは続いていく。人間の中に欲と、譲れない何かがある限り。
「混沌が……ファウダーがそんな風に思っていたなんて、知りませんでした」
「そりゃ、ブライトに面と向かって言ってないわけだし。そんなに気を落とすこと無いと思うよ」
混沌事、ファウダーは、ブライトについて多少なりに感情を持っていた。でも、優しい感情じゃなくて、混沌だから、汚い醜い人間らしい感情だった。兄に愛された言って言う感情。それは、混沌の中にあったものだった。混沌、というかファウダーの中に存在していた唯一の感情かも知れない。
ブライトの中にも、ファウダーに対しての気持ちがあった。だから、こうやって落ち込んでいるのだろう。
どう慰めたら良いものか、私は分からず、言葉を詰まらせる。下手な励ましよりも、自分で前を向いていく方がよっぽどいいと思うのだけど、最期にファウダーの近くにいたのは私な訳で。
「ブライト」
「大丈夫です。エトワール様。本当にありがとうございます」
「私は何も出来なかったよ。皆のこと救いたいとか言ったくせに、何も出来なかった。結局口ばっかりで、行動に移しきれていない。不甲斐ないよ」
「そんなことないです。最期に、ファウダーが幸せだったといってくれたんですから、それが本心だと思います。僕も、彼に歩み寄っていたら、また何かが変わっていたのかも知れないと」
そう言って、ブライトは天を仰いだ。
悲しそうな横顔を見ていると、何か出来たんじゃないかと、過去を悔やんでしまう。悔やんでも過ぎ去った物に思いを馳せるだけ無駄なのだ。その間にも時は進んでいく。
(私は、もし過去に戻ったとしても、何か出来た?ううん、きっと変わらなかったと思う。だから、あれがいい結末だったんだと思う……)
そう思うことにして救われようとしている自分はいた。けれど、そう割り切っていかないと、私は前に進めない。
「それに、僕も謝らないといけません。グランツさんの事……アルバさんの事」
「……グランツは、意識不明の重体なんだっけ。後、アルベドは行方不明で」
「はい」
後から聞いた話、ブライトとアルバはグランツと戦っていた。アルバは、グランツと互角とはいかないまでも、接戦を繰り広げ、戦いの中で進化していったとか。完全に男女の差を埋めることは出来なかったけれど、ブライトの助けもあって、良い勝負をしていただとか。けれど、グランツの方が強かった。アルバに容赦無く剣を向け、そして死の間際まで追い込んだ。だが、最後と止めを刺さなかったのは、アルバの言葉がグランツを動かしたからだとか。勿論、ブライトもその後もグランツの説得を試みて……
ここのところは、聞いてもみていないため実際どうだったのか、グランツの気持ちは、アルバの心情はと突っ込みたいところだったが、その後、現われたブライトの父親を倒すために、グランツはブライトと共闘し、ブライトの父親を倒したのだとか。息の根を止めて。
ブライトにとって、憧れの存在を自分の手で葬り去ることは胸が痛んだのだろう。けれど、倒さなきゃ自分も殺される状況だったため、そんなこと言ってられなかったと。そして、その戦いで、グランツは深手を負って。
「グランツさん、大丈夫そうですか?」
「うん、まあ……目は覚ましていないけど。ブライトの所の魔道士とか、その他色々支援があって、今のところ生きてるって感じかな。ギリギリって感じもするけど。まあ……うん、生きてる」
私はそう返すしかなかった。
彼がどんな感情を向けていたのか、薄々気づいていた。気づいていたけれど、放置していたのだ。その感情を向けられるのは苦手だったし、答えてあげられる自信が無かったから。顔には出ないけど、その分、内に秘めたる思いは人並み異常なわけで。
アルバは、グランツに殺されかけたが、グランツの持っていたとある魔道具によって全回復したらしい。それでも、今は休暇で剣を握っていないとか。木剣は素振りで振ることはあっても、あの重い剣を振るうことは、今のところ予定がないとか。まあ、多分アルバのことだから、体力が回復すればまた剣を握って私の護衛として後ろに立ってくれるだろう。
彼女には感謝を伝えないと。それこそ、感謝してもしきれない感謝の言葉を。
「以外と、さっぱりしているんですね。エトワール様。何か、変わりました?」
「え? 変わった? うーん、自分では分からないけど」
「グランツさんに対して、色々思っていた時期が合ったみたいですけど、今はそれを割り切っていると言いますか、受け入れてあげているような。さらに寛大な心で物事を、人と関わっているようにも思えます」
と、ブライトは言うと笑った。
彼が言うならそうなのかも知れない。私は、混沌と約束のような物をした。幸せになると。そして、彼を受け入れると。醜い自分も受け入れて生きていくと。それが、私に出来る混沌への行動だと思ったから。
人間の欲は止らない。歯止めが利かなくて洪水みたいに漏れ出るときだってある。そして、その感情を誰かにぶつけすぎて、その誰かと一緒に共倒れするようでは意味ないのだ。だから、いいぐらいに自分をコントロールすることを私達は求められている。
「変わったと思いますよ。といっても、ずっと変わっている人でしたから」
「何か酷いこと言ってる?」
「いえ、そこがエトワール様の良いところ何じゃないですか。変わっていける強さと言いますか、受け入れて前を向いていける強さと言いますか」
そう言って、ブライトは私の左手の薬指についている指輪を見た。少し悲しそうなめをしていたのは気のせいだと思いたい。
ブライトの気持ちはどうだったか知らないけれど、私には今恋人……婚約者がいるわけで、その人とこれからの帝国を未来を築いていかないとと思っている。そりゃ、険しい道だろうし、簡単じゃないだろうけど。
「殿下があんなに幸せそうに笑うの初めて見ました」
「私も実は初めてだったりする。全部終わったわけじゃないし、これから、皇位を受け継ぐわけだし……皇太子から皇帝になるわけだからね……まあ、色々これからやることは山積みで」
「でも、それをエトワール様は支えていくんでしょ?」
「そう……だね。私じゃ、頼りないかも知れないけど」
と、自分を卑下して言えば、ブライトは何てこと言うんだ、見たいな顔をして私を見た。それはもう驚いた、みたいな顔して。
そんな簡単じゃないこと分かってるけど、これもまた私が決めた道な訳で。
それを、ブライトは全力で応援してくれるんだそうだ。
災厄によって、かなり建物が崩れに崩れて大変なことになってるし、復興という感じで、まだまだ結婚式なんて先の話だろうけど、それでも、彼と未来を築いていくことは決まった。曲げたりしない。
(落ち着いたら、アルベドの事も探したいな……)
けど、あの紅蓮のことはどうしても気になったのだ。どうなったのか、私の相棒として支えてくれた生意気なあの紅蓮のことを。このまま、お別れなんて悲しいから探しに行きたいと。リースにいったら、嫌なかおをされそうだけど。
「エトワール様、僕と話していて良いんですか? また、殿下が嫉妬しますよ?」
「えーもう、大丈夫だと思うんだけど。と言うか、彼奴、私の愛の言葉、彼奴から私への愛の言葉疑ってるって事じゃん。それじゃあ……」
「人間ってそういう生き物です。疑ってしまうんですよ、人からの愛を」
そう言って、ブライトは笑うと立ち上がり、女神の庭園を後にした。また、会えるだろうし話にいこうと思いながら、私も外へと出る。
「うわ……」
「うわってなんだ、人の顔見て」
「いやあ……ずっと、そこにいたのかなあって」
女神の庭園を出れば、その扉付近に見慣れた黄金がいたもので、私は思わずうわ……と声を出してしまった。途端に、彼の眉間に皺が寄って機嫌損ねたんだなあと言うことが一発で分かる。
確かに、嫉妬してるかも知れない。
「リース」
「何だ、エトワール。ブリリアント卿との話は楽しかったか?」
「近況報告だし、何、嫉妬してるの?」
「自分の婚約者が、男と二人きりで話しているんだ、気になるに決まってるだろ」
「あーはいはい」
また、面倒くさいの発動している。と、思いつつ、私はリースを見上げた。綺麗な顔立ち。眩しい黄金の髪に、宝石よりも価値があるルビーの瞳。今そのルビーの瞳を、リースを独占しているのは自分なんだと改めて思った。
「そんな嫉妬しなくても、好きなのはアンタだし」
「……」
「何その顔」
「いや、お前の口から……好きなんて出るなんて、思わなかったから。その……新鮮だと思う」
「滅茶苦茶格好悪い感想」
私がそういえば、リースは恥ずかしそうに視線を逸らしてしまった。
まあ、こういう所は可愛いとは思うんだけど。前よりも丸くなったし、分かりやすくなったし……昔も嫌いではなかったけれど。
「善処する」
「何を?」
「もう一度、お前の恋人として、恥のない人間になる」
「堅苦しいから、いつも通りで大丈夫だから」
「それでも……」
「私は、素のアンタが良い。アンタの悪いところも、良いところも全部見てきたから。今更かっこつけるのは無し。というか、きっとからまわると思うよ?」
「確かにそうだな」
と、リースは素直に言うと頷いた。
それから、無言が続き、お互い見つめ合う。
どれだけ遠回りをしただろうか。どれだけ、すれ違っただろうか。でも、結局はこうなる運命だったんだと思う。
「リース」
「何だ、エトワール」
「……ううん、何でもない。帰ろうか」
「うん? ああ、そうだな。やることは山積みだ」
「ルーメンさんに押しつけてないでしょうね?」
「彼奴は、非常に優秀な部下であり、親友だ。大丈夫だろう」
言葉は濁したが、放置してきているといったリースの背中を叩いて、私は走り出した。リースは、少し腰を折りながら、前を走る私を見つめている。
それはもう、愛おしそうな。やっと宝物を、大切なものを手に入れた男の顔をしていた。
「フッ……待ってくれ、エトワール」
そういって、私の「現」恋人は私を捕まえるために走り出した。