テラーノベル
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画面が暗くなっても、
翠の視線は、
そこに縫い止められたままだった。
呼吸が、合っていない。
吸うのと吐くのが、ずれている。
「……翠」
黄が、そっと名前を呼ぶ。
返事は、ない。
翠は、両手をぎゅっと握りしめていた。
爪が、掌に食い込む。
「……俺……」
声が出たと思ったら、
途中で、ぷつりと切れた。
頭の中で、
動画の音が、何度も再生される。
風の音。
靴音。
笑い声。
──違う。
──今は、ここ。
分かっているのに、
体が、言うことを聞かない。
視界が、急に狭くなる。
「……っ」
喉が、ひくっと鳴る。
桃が、即座に一歩寄った。
「翠」
低い声。
落ち着かせようとしてるのが、逆に分かる。
「……大丈夫だ」
「今は、終わった」
でも。
翠は、首を横に振った。
「……終わって……」
「……ない……」
息が、速くなる。
「……俺……」
「……ここ……」
胸のあたりを、ぎゅっと掴む。
「……ここに……」
「……まだ……」
言葉にならない。
赫が、はっとして前に出かける。
「……翠にぃ、ちょっと——」
その瞬間。
「──触らないで……!」
声が、鋭く跳ねた。
全員が、凍りつく。
翠の目は、
“今”を見ていなかった。
「……違う……」
「……来る……」
肩が、小刻みに震える。
「……また……」
「……同じ……」
学年主任が、すぐに判断する。
「……視聴はもうやめだ。
タブレットは回収する。」
桃に、短く合図。
桃は、翠の真正面に立った。
視線を遮らない。
でも、逃げ場を作る。
「翠」
「俺の声、聞こえる?」
翠は、答えない。
でも、呼吸の速さが、
一瞬だけ、揺れた。
「……ここは、保健室」
「校舎裏じゃない」
一つずつ。
現実を、戻す言葉。
「……今、触ってるのは、シーツ」
「冷たいコンクリートじゃない」
翠の指が、
少しだけ、緩む。
黄が、震える声で続ける。
「……翠くん……」
「……今は……安全だよ……」
その言葉に。
翠の中で、
張り詰めていた糸が、限界を越えた。
「……やだ……」
かすれた声。
「……あんなの……」
「……俺じゃない……」
初めて、
否定の言葉が出た。
「……見たく……なかった……」
声が、崩れる。
「……でも……」
「……見なきゃ……」
「……俺が……」
そこまで言って。
翠の体から、力が抜けた。
桃が、即座に支える。
「……よし」
「もういい」
強くも、優しくもない声。
「……もう、十分だよ」
翠は、桃の腕の中で、
小さく、息を漏らす。
泣いてはいない。
でも、完全に、限界だった。
赫は、歯を噛みしめたまま、
何も言えなかった。
黄は、
“見せてしまったこと”を、
一生忘れない顔をしていた。
瑞は、
ただ、震える翠を見て、
遅れて、涙を落とした。
学年主任が、静かに言う。
「……今日は、ここまでだ」
誰も、反対しなかった。
だって、
翠はもう、十分すぎるほど、
向き合ってしまったから。
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