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「自分の誕生日など祝って欲しくない」
高山桃子は声を大にして叫びたかった。誕生日を心待ちにしていたのは小さな子供の頃の話で
12月1日の今日を持って28歳になってしまった。今は誕生日など決してめでたいことでもなんでもない
できれば避けたいと思っていたこの日が、ついに来てしまった
「おめでとう桃子!」
「桃子先輩おめでとうございます」
第二病棟の外科ナースチームは同僚だろうと、先輩後輩だろうと関係なく、アットホームで地元仲間や同期のナース達が多く、とりわけ仲良しの集まりなのが特徴だった
その仲の良さは月一のナース食事会やカラオケ大会など、毎回誘えば、誘っただけ参加するといった、不参加率が極めて低いもので
特にみんなに好かれている、本日のチームメンバー内の「桃子」の誕生日会は、他の病棟の看護師も入り混じって、居酒屋の座敷はナースでごったがえしていた
いつもは桃子もナース達と、飲むのは大好きで毎回楽しんでいるのだが、しかし自分が主役の今回はとてもじゃないが素直には喜べない気分だった
「ほらっ!ろうそくを消して!」
桃子と同期生の早苗が楽しそうに、小さなケーキを差し出した。それを見ていた後輩ナース麻紀が叫ぶ!
「キャァ!ルジャンドルのケーキ!」
「これなかなか手に入らないんですよぉ!」
「桃子先輩のために今日の昼休みに、並んでGETしたんですよ~」
桃子はいかにも驚いたふりで頬笑んだものの、午後からナースセンターの奥の冷蔵庫に、このケーキが入っていたのも見つけていたし
中年太りなのか最近めっきり出てきた下腹をどうにかしたくて、ダイエット中なのもみんなに言えなかった
でもこのパーティのためにみんなが、自分のために色々準備してくれた事を思い、桃子は嬉しそうに笑顔を作り、ナース達のおめでとうの言葉とプレゼントを貰って大げさに驚き、ケーキを切り分け丁寧にみんなに配った
ケーキを若い子達に進めて軽い冗談を言い合っていても、心の痛みは増すばかりだった
「それともう一つ報告があるんです!」
「あ~!!!いわないで!」
「言っちゃいなよ!言っちゃいなよ!」
後輩の麻紀が必死に隣のナースにしがみつく、嫌な予感がする
「なんと!麻紀が麻酔科の友成君と結婚するんだって~!!パンパカパ~ン♪ 」
そこにいた7人のナースが奇声を上げて一斉に喜んだ
それをきっかけに、元々お酒好きなナースが集まっているので、小さな居酒屋のテーブルにはどんどん酒が運ばれ、空気は桃子の誕生パーティーから、一気に麻紀の婚約おめでとうパーティに変わって行った
「いつからか」
とか
「隅に置けない」
と先輩ナースや同僚の野次を真っ赤になりながらでも、嬉しそうに受けている麻紀を見つめながら
これでみんなの興味が自分から逸れた事に、桃子は内心ホッとしていた
そこに早苗が熱燗を持って桃子の隣に座った
「楽しんでる?」
「ええもちろん!」
早苗は桃子にお酌しながら言った
「何もこんな時に言う事ではないのにね、麻紀も気がきかないわ 」
桃子も早苗に酌を返して言った
「でも盛り上がってるからいいじゃない、実際あたしの誕生日なんかどうでも良い事だし、こっちの方がよっぽどおめでたいわ」
この早苗とは今の病院に新人で、勤務を始めた頃からの同期で親友だ、彼女には何でも話せた
早苗は2年ほど前に幼馴染みと結婚し、今は看護師の間でも師長候補と、みんなから慕われていた
それに比べて自分は看護師の中でも、桃子は正看護師の指示を貰って、患者の世話をする准看護師だった
早苗に比べると、ただ働いている年数が長いだけの、あまりキャリアには繋がらないものだった
しかし何の責任もなく給料もシフトも、それなりに満足していたため、なんとなく最近ではズルズル月日が流れていくだけだった
「ところで新藤先生とはどうなのよ?」
その名前を出されて桃子の胃は半分せりあがった
「どうしてそこに新藤先生の話が出てくるの?」
早苗はウインクして言った
「隠しても駄目よ、あなたが回診の時の新藤先生を見る目ったら」
ほんのり酔っぱらっている早苗が両手でハートを作って、ケタケタ笑った、それを見て桃子も少し笑った
「私・・・・そんなにわかりやすい?」
心配になって目をしばたいた
「いつも冷静沈着の桃子のことだから、同期のよしみで気づいているのはあたしだけだと思うわよ、顏はたしかにハンサムよね、でも外科医特有の冷血漢っていうか・・・彼ってちょっと怖くない?それにかなりおじさんだし」
桃子は憤慨して言った
「まぁ!彼はそんなことないわ、年上って言ってもたった8歳年上なだけよ!そりゃ・・・ちょっと近寄りがたい所もあるど・・・・責任感の強い頼りになれる人だわ!」
「またそうやってかばう~」
桃子がムキになればなるほど早苗は面白がった、肩肘をついて桃子をじろじろ見る、ずいぶん酔いが回っているようだ
「いい?男を落とすためにはとりあえず、そのアラレちゃんみたいな黒縁メガネを止めることね!そのメガネだけで男はあんたのパンツを下ろそうとは思わないわよ 」
「コンタクトは合わないのよ」
早苗は顏をしかめて言った
「それに髪も長すぎてやぼったいわ、あたしの行きつけのヘアスタイリストを紹介してあげる。カットしてカラーやハイライトを入れるだけで、ずいぶんと印象が変わるものよ!」
桃子はなんとか笑顔を作って言った
「そうね 気が向いたらお願いするわ」
さらに早苗は続ける
「あなたさえよかったら内科の桧山先生をお勧めするわ。もっとも・・・・女癖が悪いのは玉にキズだけど割り切って遊ぶには最適の相手よ、それに彼のヒップ・・・・ 」
何かを思い出したのか、早苗はいやらしく笑って言った
「とにかく!世の中の男をもっと見るべきだわ桃子!考えて!ね? 」
そう言うと早苗はスマホ片手に、彼とのツーショットを見せびらかして騒いでいる麻紀のグループの中にもどっていった
桃子の顔が悲しく曇った、実際桃子は新藤に初めて会った時から、淡い恋心を抱いていた
彼は桃子の勤める総合病院の優秀な医師の中でも、将来外科部長を約束された、期待の星だった
いつも難しい診断をし、彼の手術のカレンダーは予定がびっしりだった
もっともそういう優れた医師と、普段顔を突き合わせているのは、病棟の主任看護師や、手術エキスパートチームだけだが
時々彼の朝回診に同行するきっかけがあり、彼が一人一人患者に接する態度はとても威厳がありそして誠実だった
次第に桃子は彼の患者に意識が向き、一生懸命世話をすることで、何らかの形で彼の役に立つことを喜んだ
そんなある日ナースステーションに新藤がフラリとやってきて、カウンター越しに桃子をじっと見つめた
桃子は新藤に顏を見つめられて、頬が赤くなるのを感じた
「まぁ・・・新藤先生・・・何かご用でしょうか? 」
新藤が桃子にipadを差し出した、そこには新藤の患者の電子カルテが映し出されていた
「この患者の朝の申し送りを書いたのは君かい?」
「は・・・はい・・・」
どうしよう・・・何か怒られるのだろうか、桃子は緊張して身構えた
「とても良く書けている、君のおかげで患者のどこに焦点を当てて診たら良いかとても良くわかったよ。これからも続けてくれ」
そう言うと新藤は桃子を見てハッとするような笑顔を見せた
途端に桃子の頬が熱くなり心臓がバクバク言いだした
なんて可愛らしい顏で笑うんだろう・・・・
桃子はこの時だけは、新藤が8歳も年上でこの病院を背負って立つ、珠玉の外科医だという事を忘れてしまった
それは桃子の心に淡い恋心という、小さな花を咲かせるには充分な出来事だった
それから新藤は桃子をナースステーションで見つけるたびに、患者の様子を聞き出すようになった
新藤の質問に桃子は的確に答えた。なぜなら桃子は新藤の回診前に、下準備としてひとり回診を行って患者の情報を的確に新藤に、伝えていたのだった
それから一か月後の事だった
新藤が離婚したことをナース達の、風のような噂話で聞いたのは・・・・
桃子の誕生日祝いや麻紀の結婚祝いやらで、日頃ハードワークでストレスも溜まりやすい仕事のナース達は、酒好きが多いこともあってこの夜は大変盛り上がり
みんなでこれからカラオケに行ってさらに飲み明かそうと騒いでいる所
なんと桃子は、財布を病院へ忘れてきていることに気付いた。酔っぱらっているみんなに
「サザエさん」
やら
「おっちょこちょい」
とからかわれながら、桃子は二次会集団と別れ、一人病院に忘れ物を取りに向かった
笑顔でみんなと別れ、居酒屋から歩いて5分の病院に一人で向かっている桃子は、どうしようもないみじめな気持ちに陥った
とぼとぼ歩きながら寒いと思っていたら雪が降ってきた
いつものように中央環状線沿いを、少し歩くと重厚な私立学校に隣接して、ひときわ高くそびえるように建つ
国立総合病院が見えた。ここが桃子の職場だ
救急車の赤いライトがくるくる回転し、緊急外来患者が運ばれる、大きなドアが全開になっている
また誰かが急患で運ばれたらしい、桃子にしては日常茶飯事の出来事だ、あいかわらず私の職場は騒がしい
正面玄関の大型の車寄せを横切ると、関係者入口のドアにIDカードを、スキャンし病院へ入る
昼間とくらべて薄暗くて静かな大ホールが、ひっそりとなりをひそめている
天井まで届きそうな大きなクリスマスツリーは、最近業者が設置していったものだ
雪は心なしか激しくなっているような気がしていた
病院に入るといつもの暖房の効きすぎる、暖かでムッとする空気が肌になじんだ毛布のように桃子を包み、雪の降り込む暗い夜を遮断した
病院では患者に風邪をひかすといけないので、冬は温め過ぎ、そして夏は冷やし過ぎる
ここにいると本当に季節感がなくなる。桃子は自分のロッカーの中で財布があったのを確認して安心した
トイレで自分の顔を確認する
桃子はごく平凡な顔立ちだった、早苗にやぼったいと言われた彼女の髪は、真っ黒で直毛、背中まである髪はじゃまになるのが嫌なので、いつも後ろで束ねてお団子にしてる
秋田県出身の母の遺伝子を引き継いで、肌の色だけは白いのだが、真っ黒な縁枠のめがねの奥に沈んでしまっていた目は大きかったが、お酒のせいで少し充血していた
数分後には出会っても、忘れてしまわれるような印象の薄い顔だ
さらに鏡に映された自分の姿をマジマジと見てみる
麻紀や早苗みたいに細見ですっきりとしていなく、どっちかと言うとぽっちゃりしている
胸も大きすぎるのが嫌で、ブラジャーのカップをワンサイズ落として、胸を押さえつけている
ウエストは細いが、そのせいでおしりが大き過ぎて見える
立派な腰張りさんのおかげで、ウエストでズボンを選ぶとおしりがきつく、お尻で選ぶとウエストがブカブカといった所だ
背は平均より低く、もともとこれといった魅力はないのだから、歳をとることなど気にするべきではないのかもしれない
窓の外を見ると外は先ほどの粉雪から吹雪に変わっていた
「いっけない・・・・・」
今からあのカラオケ連中と合流するわけにもいかない、しかたがないからここに少しとどまって、雪がやむのを待つことにした
深夜の誰もいない、ドクターズラウンジに入って自動販売機で熱いココアを買った
窓を見ながらココアをすすっていると、どうしようもない寂しさに襲われた
今夜は何故か、ふさいだ気持ちが離れない
あの後輩ナースの麻紀でさえ、ちゃんとした相手がいたのだ、しかも同じ職場でいつの間に・・・・・
28歳・・・・・
男性経験ゼロ・・・・
男性と上手く話が出来ない桃子は、いつも付き合う手前で関係が破綻してしまう
原因は男性とリラックスして上手くしゃべれないからだ
桃子はいつも受け身で、彼らからはそれがつまらなく感じられ、どの男性ともいい線までいっても、いつも交際まで発展しなかった
しかし今夜は何も経験しないまま、このまま若さを失っていくことに対する、焦りを振り払うことはできなかった
家に帰ると、愛に燃える目で見つめてくれる男性が待っているのは、どんな感じがするのだろう・・・
男らしい温かさと力強さでベッドを満たしてくれる・・・・
お酒も入って、桃子はこの体を情熱で愛撫してくれる、男性の姿を思い描こうとした
だがそれはいつだって、桃子の想像では、ドクター新藤が浮かび上がってくるのだった
彼のゴツゴツした手・・・
白衣から覗かせている太い首、すっきり散髪された真っ黒の髪
背が高く見上げる形になるのだが、自分が話をするときは、かかんでこちらを見てくれる
胃のあたりを締め付けられるようだ。わたしが求めるのは彼だけ・・・・
でもそれは夜空の星を素手でつかむようなもの、新藤先生が私なんかを相手にしてくれる訳がない
いい加減片想いをやめて、こんな私でもいいと言ってくれるような、男性にした方がいいのだろうか?
しかしそんな男の人なんか考えつかない
どこかのバーにでも出かけて、ナンパされるか、ずっと勧められている合コンに行った方がいいのかしら・・・・
早苗が言っていたように、女性なら誰でも相手してくれるという、女好きで有名な内科の桧山ドクターもいるし
いつも私に微笑みかけてくれる、守衛さんもいるけれど・・・・・
ああ・・・・ダメ・・・・
どうしても彼以外の男性と夜を過ごすなんて想像も出来ない
けれどもそうでもしなければ、私は一生処女のまま
男性の愛撫も、情熱の力強さも、経験するチャンスはつかめないだろう・・・・
まるでこの世界で愛を見つけられないのは、自分一人のように思えて寂しくてしかたがなく思えた
涙があとから、あとから溢れてくる
かまうものか、28歳になった今日・・・・
この私は何の望みもなく、オールド・ミスとして、ひとりぼっちで寂しく死んでいくのだ
せめて一生懸命働いて、お金だけは貯めておこう・・・・
これから一生、一人なんだから・・・・
一人寝のベッド・・・・一人の寂しい部屋
たまらなくなって桃子は、おでこを机につけて泣き出した
:.*゜:.
新藤修二はこの日はじめて、単独で手術を行った
健康な十代の少年の単純な虫垂切除だった、手術は上手くいきはしたが、自分の段取りが上手くいかず、思ったより時間がかかってしまったことが心に残っていた
術後合併症を起こす危険は回避したが、それでも少年に対して奇妙な所有意識のようなものを感じ
勤務時間はとっくに過ぎていたが、少年が麻酔から覚め、回復室を出るのを見届けるまで、なんとなく家に帰る気に
はなれなかった
いつも手術を行うと緊張と興奮が冷めやらず、寝つきが悪く、家に帰ってもゆっくり休めないのだ
最近は睡眠薬でどうにか体は休めているが、交感神経が副交感神経に切り替わって、リラックスするにはずいぶん時間がかかった
そういうわけで着替えてから、3階にあるドクターズラウンジで少し、コーヒーを飲んでから家に帰ることにした
A4ファイルサイズのiPadには、彼の患者の電子カルテがそれこそわんさか詰まっている、彼はその一つを取り出した
このカルテをまとめたのは、第二病棟の准看護師の高山君だ
彼女の申し送りは、緊急のものから順番に患者の容体を簡潔に理論的に実に良くまとめられている
もともと頭が良いのだろう、彼女が入って来た当初は、これほど仕事が出来るようになるとは思っていなかった
それを見ながら明日の手術の患者の段取りを頭の中で考えた
そういえば夕方、ナースセンターに立ち寄った時は、今日は彼女の誕生日だとかなんだとかで、飲み会が開催されるらしい事をようやく今思い出していた
うちのナース達は仲が良い、それゆえに噂も広まるのが、それこそインフルエンザのように速い、そもそも彼女はいくつになったんだっけ?
エレベーターでドクターズラウンジまで来てみると、さすがにこんな深夜なので、誰もいなかった
コインを自販機に入れ、ブラックのコーヒーが備え付けの紙カップに注がれる音を聞いていた時
ラウンジの奥の方で、誰かがしゃくりあげる音を聞いた
誰かいるのか?
新藤は耳をすました
やはり聞こえる
自販機室から顏だけ出してラウンジを見渡してみた
女性の泣き声のような気がする、ここはドクターや関係者以外立ち入り禁止だ。ゆえに緊急の外来患者の家族などもいるはずもない
夜も11時過ぎに、こんな所で女性が泣いているなんて、きっと空耳だろうと思い、ラウンジを立ち去ろうとしたとき足を止めた
間違いない、誰かが泣いてる
ラウンジの奥に向かっていると、女性が背中を見せてしゃくりあげている、そして鼻をかんだ
「誰だ?」
新藤はためらいがちに声をかけた
その瞬間に女性がハッとして立ち上がり振り向いた
高山桃子だった
彼女はあのやぼったいメガネを外し、目の周りを涙で濡らし、泣きはらした目は赤く充血している、鼻も赤く口も心なしか震えている
彼女は確かに静かに泣いていたのだった
「新藤先生!!」
桃子の声はかすれていた、あわてて頬の涙をぬぐった
「どうした?」
新藤は桃子に近寄り顔を覗き込んだ。心配そうな彼の瞳に桃子の胃のあたりが、どうしようもなく痛んだ
「まぁ・・・どうしましょう、すいません・・・」
本当に今日は最悪の誕生日だ、こんなひどい姿は見られたくなかった、特に彼には
泣きはらした目には涙の痕が残り、きっと申し訳程度にしている化粧も、剥げてしまっているに違いない、うしろにまとめた髪もほつれて、涙で頬にはりついている
「すいませんって何のことを言ってるんだ?いったいどうしたんだ?誰かにいじめられたのか? 」
新藤が桃子の前の椅子に座りこみ、彼女の手を握った
「私・・・・なんでもないんですっ本当にバカみたいに見えるでしょうね」
「何をいってるんだ!腹でも痛いのか? 」
桃子はなんだかおかしくなった、あわてて片手で嗚咽を抑えて、どうしようもなく震える唇はどうにか隠せたが、涙はお構いなしに溢れてくる
「子供あつかいしないでください、本当になんでもないんです・・・・」
「大丈夫か?高山君」
桃子はうろたえた、なすすべもなく首をふるだけだった、筋の通ったことなど何も考えつかなかった。よりによって一番会いたくない人物が今目の前にいる
「本当にすみません・・・ 」
「それをやめないか?あやまらなければならないことなんかしていないだろう?今日は誕生日だったんじゃないのか?」
どうして知っているの?ひどくうろたえたがたぶん他のナースから聞いたんだろう
今日はわたしの誕生日パーティーで、半分以上のナースが外科病棟から消えていたから
彼が自分の誕生日を知ってる事で、なんだか少し気分が軽くなった
なんてバツが悪いのかしら
彼と目を合わせたくなくて、桃子は下を向いた。彼の目を見ながら話をするなんてできそうにない、少し笑顔を見せて言った
「なんでもないんです・・・・ただ・・・何もないまま28歳になってしまって、ナーバスになってただけなんです」
新藤は内心あきれた、そんなことで泣いているなんて
新藤は桃子の歳を知らなかった、もっと若いと思っていた、しかし28歳でも彼からしたら、十分若かった
でもそうだな28歳とは驚きだ、彼女はおぼこい所がある
女性で未婚だと色々あるのだろう、何もないとはいったいどういうことなんだろう?
新藤は何であれ彼女が悲しんでいるものから慰めたくて仕方がなくなった
「・・・ところで・・・・僕は今から帰る所なんだけど腹ペコなんだ、よかったら一緒にメシを食うのを付き合ってくれないかい?」
桃子は目を見張った
「いいえっ!とんでもないっ!こんな顔で人前なんかに出られませんっ!一人で帰れます!気を使っていただいてありがとうございます」
「それじゃぁ、君は手術を終えて段取りがいまいちだった僕を、孤独に帰らせて一人反省会をさせる気かい? 」
新藤がいたずらっぽく片眉を上げた
桃子は腕から頬に血が駆け上っていくのを感じた
「そんな・・・・先生でもそんなことがあるなんて・・・」
新藤は桃子を見て微笑んだ
「あいにく僕も人間なんでね決まりだ!カバンを取ってくるから、ここで待っててくれるかい? 」
桃子はあきらめた、なんであれ新藤の言葉には逆らえないし、泣いたことで少し格好が悪いけど、彼と二人きりになれる機会を逃すことはできない
新藤が帰り仕度をしに行った間に、桃子は素早くメイクを直しみすぼらしくないように服装を整え髪型も整えた
数分後 二人はタクシーに乗り込んだ
「今日は車は病院に置いていくよ、この吹雪じゃ運転は危ないからね、僕の行きつけの和食レストランでいいかい?君は食べてきたんだろう?そこにはデザートも豊富にあるからね」
「はい・・・・・ 」
新藤の話を聞いてるふりをしながら、桃子は感情が高ぶっていた。タクシーの後座席に新藤と二人で座っている・・・
そして二人は無言になった。かすかに新藤の腕が桃子の腕に当たっていた、嬉しい反面桃子はばつの悪さを感じ、とまどっていた
何か話題を思いつかないものかしら?ただ泣いているばかりでは、いくらなんでも大人げなさすぎる
タクシーを入り口に付けたのは、落ち着いた和食の店だった
畳の個室に案内されて、音楽も三味線の音色が静かで心地よく、心が癒されるような気がした
彼は向かいの座椅子によりかかりネクタイを緩めた
「気分はよくなったかな?」
桃子に優しく微笑んだ、桃子はうなずいた
「ハイ・・・あの、ありがとうございます・・・ 」
病院では気楽にもっと話せるのに、桃子は緊張して舌が思うように動かない
「僕はビールをもらおうかな、君は何にする?ここは和食店だけど女性受けするメニューもあるよカクテルとかどうかな?それとももうアルコールはいらないかい?」
居酒屋で飲んできたのにすっかり酔いは冷めていた、桃子はピーチフィズを頼んだ
飲み物が運ばれてくると、二人で乾杯した
新藤が桃子に気を使いながら、食べ物を順番に注文する
「君は好き嫌いはないかい?ここの店のお勧めは・・」
彼の完璧なエスコートにうっとりしながら、少しずつ緊張もほぐれてきた
実際彼との食事は楽しかった。最初は何気なく仕事の話題から入り、桃子がうろたえず話せる空気を作ってくれた
桃子は新藤の勧められるまま、二杯目にカルーアミルクを頼んだ
新藤は桃子のことを何も知らなかった、目の前で頬を染め、いつもの落ち着いた雰囲気を出している彼女が、どうしてあんなに泣いていたのか、どうしても知りたくなった
「君のご家族は?」
「母と妹がいます、父は3年前に癌で亡くなりました・・・」
「それはすまないことを聞いたね」
新藤は胸がチクリと痛んだ、桃子はあわてて首を振った
「いえっ!大丈夫です。女三人でやかましく暮らしています 」
新藤は喉の奥で笑った
「ずいぶん前から君と一緒に働いていたけど、何も知らなかったんだね、僕たち」
彼が見つめると、桃子はまた頬を染めて一口飲んだ、よかったすっかり顔の色が良くなっている
「わたしは先生の事は知っています。車は白のBMW・・・・ご自宅は・・・・芦屋・・・ 」
「おおっ!その通りだよ!怖いなっ、調べたのかい? 」
桃子がぷくっと頬をふくらませた
「まぁ!私はストーカーじゃありません!これぐらい院内の人間なら誰でも知ってます!先生が人にあまり関心を抱かれないだけです」
「そうなのか? 」
「そうですっっ!」
二人の顔に笑顔が浮かんだ、いつの間にかぎこちなさもなくなっていた
「さっきどうして泣いていたんだい?」
新藤が挑むように瞳をきらめかせて聞いた
「話したくないなら、無理にとは言わないけど・・・」
彼は桃子をじっと見つめながら、ビールのグラスを口に運んだ
桃子は彼に見つめられて身じろぎした。いろいろと隠さなければいけない事を、思い出して顔を赤らめた
誰にも求められず、28歳にもなってまだ処女だという戸惑い、心を押しつぶされてしまいそうな寂しさ、桃子はまた一口飲んだ、グラスはもう空に近かった
「もう一杯いけるね?」
新藤は自分にはビールを、桃子には今飲んでいるものと同じものを注文した
桃子は気まじめな表情で新藤を見つめた
「わたし・・・・・お酒はあまり強くはないんです 」
桃子の深刻そうな表情が面白く、新藤が笑った
「それはいい、知りたい事が簡単にひきだせる 」
「私が泣いた理由なんて、聞いても面白くないですよ 」
「どうかな?聞いてみないと分からない」
「きっとあきれるわ・・・ 」
「それは僕が決めることだ」
三杯目のビールを口につけながら、新藤は目の前で赤面している桃子に興味を抱いた。いったい何に頬を赤く染め、何を隠しているのだろう
つつましさの見本のような桃子、飲み会でもハメを外している所を見たこともない
「今日誕生日だったんだろ?28歳になったのは聞いたな、恋人は?一緒にお祝いしてくれる彼氏とかいないのかい? 」
彼が言った恋人という言葉に胃のあたりが切なく震えた。まさにいないのが問題なのよ!それも人生で一度もっ!
新藤は桃子が目をそらすのを見て、核心をついたのを知った
今夜の涙はその男性のせいだったにちがいない、もっと早く気付くべきだった。いつだって愛を裏切られるのが人間を一番傷つけるものだから・・・・
新藤の心にズキリと痛みが走った
2年前、別れた妻の晴美は細見の美人で華やかだった。新藤は彼女を愛していた
しかし夜通し大きな手術を手掛けて、疲れ果てていた新藤は早退し、家でゆっくり休もうと、珍しく午前も早く帰宅した。手土産に有名なパティシエの店のケーキを持って
しかし夫婦の寝室には別の男が寝ていた。そしてその横に眠る裸の妻が驚いた目で、自分を見据えていた
新藤は思わず手土産を床に落とした
無理に蓋をしていても、時々こうして沸騰するようにその光景が溢れ出してくる
クソッ・・・もう二年も経っているのに
ハッと我に返った
「すまない・・・それで泣いていたんだね 」
思わず新藤は桃子の手を握った、桃子は新藤の顔を見つめた、その目には涙が光っている
「見ただけでお分かりになるんですか?だとしたら重症だわっ、わたし・・・・ 」
「は?見ただけで? 」
新藤は不思議に繰り返した
「その・・・・おわかりになるんでしょ?私はいないって 」
桃子はそれ以上言えず言葉を切った、新藤はわけがわからず顔をしかめた
「いない?」
「恋人ですっ!」
桃子は顔から火が噴きそうだった、新藤は驚いた
「ああ・・・彼氏と別れたってことかい?君は若いんだしそのうちいい人が見つかると思うよ」
桃子はわっと泣き出した
「やめてくださいっっ元からいないってことです!生まれてこのかた!男の人とつきあったことないんです!これからだって!きっと私は一生処女のままなんだわっ」
一瞬二人は無言で見つめ合った
「ああ・・・・・わたしったら・・・よりによって・・・・何て事を・・・ 」
桃子は何を、しかも誰に向かって言ったかに気付き胸元から髪の生え際まで、全身真っ赤になった
彼女のみるみる赤くなっていく、その様子を新藤は興味深く見つめた。血液が興奮で桃子の体の中で暴れて激流しているのがわかる
桃子は燃えるような頬を両手で押さえて隠した
「すみません!本当にバカなことを言ってしまって、忘れてください!今のことは、酔ったうえでのたわごとです・・・ 」
「そんなふうに考えないで 」
新藤は何を言っていいかわからず無意識に彼女の右手を握った、あっけにとられていた
彼女が処女で男と一度も?なぜだ?機会がなかっことはないだろう?
確かに彼女は元妻の晴美ほど、ハッとするような美人ではないが、決してブスな部類に入るわけではない
内気で大人しいが、うちとけてしまえば知性があり、礼儀正しく言葉づかいがとても丁寧な所も気に入っている。きっと良い親御さんに育てられたのだろう
彼女の軽い冗談も、気が利いて心が軽くなる、実に気持ちの良い娘さんだ。彼女を好きになる男も一人や二人いて当然だと思っていた
しかし思い返してみると彼女が院内でも、男と気安く話しているのを見たことが無い
服もいつも今日みたいな、茶色の大人しいものを着ている。おそらくガードが堅いと思われて、手を出す段階までいかないのだろう
でも今彼女は酒にほろ酔いになり、もともと色白な肌が桃色に染まり、瞳は恥ずかしさのあまり潤んで震えている。決して男がその気にならないわけじゃない
准看護師の高山桃子が突然謎に包まれた女性のように思われ、新藤の好奇心をそそった
「処女なのは悪いことじゃない」
新藤は言った
「逆の立場になってお考えになって・・・」
桃子はすねたように唇をとがらせて言った。なんともかわいい仕草をするじゃないか・・・・
桃子は涙が溢れてくるのを、目を瞬かせて防いだ
ああ・・・・きっと先生はあきれているに違いない、なのに彼は手をひっこめないのが、桃子には意外だった
それどころかきつく握りしめてくる。なんて温かくて大きな手だろう、心が落ち着き思わず握り返さずにはいられなかった
新藤は自分の立場になって考えていた、でも断然違うのは男は金を出して、そういう店に行くことができる
でも女はそういうわけにはいかないのだろう。色々考えを巡らしていると、桃子がポツリポツリと話し出した
「いろいろな事を経験できてないってことは私だけが、子供で未熟者なような気がして・・・ああ・・・すいません、うまくしゃべれない 」
「未熟者だなんて思った事ないよ」
桃子は涙をきらめかせて手をひっこめた
「慰めてくれなくても結構です。私が女性として魅力がない事なんて、もうとっくに認めているんです 」
新藤はいつになく動揺した、思いもがけない症状を患者に告げる。フォローをするのには慣れていても
目の前で処女をなげく、かわいい後輩ナースにどう声をかけてあげればいいのか、わからなかった
「このまま一生誰とも付き合えないとしても、せめて処女だけでも捨てられればと思って、どこかでナンパされようかと思いました。あまりにも惨めで・・・ 」
「君はそんな事が出来る子じゃないだろう?」
新藤は驚いた
「でも・・・そうでもしないかぎり・・・それに今日は同僚のナースが、処女のあたしを不憫に思って経験のために・・内科の桧山先生に、あたしの処女喪失を手伝って貰ったらどうかって・・・・ 」
「なんだって!とんでもないっっ!」
あまりの大声に自分でも驚いた、ここが個室で良かった
桃子は突然怒りだした自分を見て、訳が分からないという顏をした。声のトーンを落とそうとしたが収まらなかった
「だからといってどうして桧山なんだ?アイツは女と見れば誰だって・・いや…その 」
週末にはSMクラブに通うほどの、どうしようもないサドなんだぞっっ!!
その言葉はかろうじて口に出さなくて済んだ、第一処女の耳に入れる言葉じゃない、桃子が目を伏せて言った
「彼が女性の誘いを断らないのは誰だって知ってますもの・・・・事情を話せばきっと、私に同情してくれてあとくされ無くやってくれると思います・・・」
「やる?」
彼女の口からその言葉がでてくるのに驚いた、驚きと共に、新藤の中に訳の分からない憤りがあふれてきた
「正気の沙汰じゃない!男ならだれでもいいのか?君が分からないよ!桧山とやったって君が傷つくだけだ!あいつは君が思っているような浅い肉体関係を持てるようなヤツじゃない 」
途端に全裸で縛られて後ろから桧山に突き上げられている桃子が脳裏によぎった
目の前にいる桃子が顔を歪めて、手籠めにされてるなんて、なんとしてもジャマしたくなった
それにしても酒のせいか、桃子はほんのりピンク色でなんとも、おいしそうじゃないか
病院のお堅い桃子ならいざ知らず、桧山が桃子に酒を飲ませてこんな色っぽい姿を見たら・・・・
自分の意思とは無関係に股間が硬くなり始めていた
いかんっ!落ち着け!!
体が熱くなり、冷や汗が出てきた、今の自分は赤くなっているに違いない
憤慨している新藤を見て、桃子は悲しくなった
ああ・・・・・新藤先生にあきれられてしまった。きっと、とっても変な子に思われて、しまったんだわ
いっそのこと嫌ってくれたら、これ以上新藤先生に恋焦がれなくてすむのに
桧山先生の名前まで出して、そんな気などこれっぽっちもないのに・・・・
和食店の小さな個室で、二人の間に気まずい沈黙が流れた
やがて新藤が口を開いた
「帰ろう・・・・送るよ 」
帰りのタクシーでも気まずい無言が続いたまま、車は桃子の家の前で止まった
それまでずっと窓の外を見ていた新藤が、かすかに笑って桃子におやすみと言った
その顔には微妙な表情が浮かんでいた、桃子は完全にこれで新藤に嫌われたと確信した
次の日も桃子はなるべく新藤と、顏を合わさないように勉めて仕事に没頭した
幸い新藤の手術カレンダーをみると、彼は今日は朝から外来で、午後から手術が入っている
という事は彼は午後遅くなるまで3階のナースステーションには、顏を出さないということだ
よかった、今日の桃子のシフトは5時上がりなので、夕方彼と鉢合わせない様に、なるべくナースステーションに
居ないようにすればいい
桃子は忙しく働いた、患者の検温をし歩行器の患者を介助して、トイレに連れて行き電子カルテに丁寧に申し送りを書き込んだ
夕方になると頭痛もし、胃が重たかった昨日は思いがけず新藤先生と二人きりで食事が出来たのに最悪の結果になった
彼はあたしが頭がおかしくなったのかと思ったかしら・・・
ううん、それよりもこの年で処女なんて、きっと気持ち悪いと思ったに違いない
お酒のせいでとんでもない事を口走ってしまった。もうしばらくお酒は飲まないでおこう、あんなふうに秘密をうちあけるなんて
とにかくあたしは大人なんだから、なにもなかった風に振る舞わなければ、新藤先生もやりにくいに決まっている
それでも何にもないフリをして、このまま彼のそばにいるなんてきっとこの先耐えられなくなる・・・・
そんな事を考えていたので、桃子の勤務時間が終了する頃には、すっかり転職をして新しい職場で働くことを考えていた
どうにかして彼から逃げようと思っていた時、廊下の向こうから新藤がやってきた
手術が終わったばかりなんだろう白衣に着替えてはいるが、髪は乱れて汗がまだ額に浮かんでいる。手に手術用のマスクを握りしめている
彼は桃子を見つけると、ズンズンこっちにやってきた
桃子は彼の姿を見た途端赤くなったが、顏がすぐに青ざめ、胃が引きつった
「高山君っっ」
「はっはい!」
彼がそびえ立つように桃子の前に立った
「今手術が終わった所だったんだ。ああ・・・よかった、もう帰ってしまったかと探してたんだ 」
「まぁ・・・私を?」
新藤がiPadを差出し言った
「この患者なんだが、電子カルテの以前の情報が欲しいんだ。紙のカルテのファイルを一緒に探してくれないか?」
「えええっ?あ・・・はい 」
手が氷のように冷たい、やっとのことで返事をした
「今すぐファイル室に来てほしい 」
新藤はぎこちなくそう言うと桃子の腕をつかみ、ズンズン歩き出した。桃子はあわてて新藤に引きずられるまま
ついて行った
新藤はファイル室の認証装置に自分の、IDカードを挿し、ドアが解除されると、桃子に先に入るように背中を押した
突然部屋が明るくなり、桃子は目を細めた電気をつけ、小さな部屋には天井一杯の、カルテのファイルが並べられており、古い紙の匂いがした
カチャリと鍵を絞め新藤が壁にもたれかかり、腕を組んで桃子を見つめた
桃子は顔がひきつった、神経をとがらせ彼に言われたファイルを探さなければいけないのだけど
怒っているような彼の顔から目が離せない・・・・身動き一つできない・・・・
新藤は咳ばらいをした
「えと・・・・その・・・」
新藤は言いよどんだ、なぜか舌がまわらないし、どうしても視線が桃子の体にいってしまう。夕べは裸の桃子はどんなだろうと、妄想が激しく良く眠れなかった
そして今もまるで初めて出会った女性のように、桃子をじっと見つめている自分が、おろかに見える
そして桃子がついに沈黙に、耐えられなくなって口を開いた
「あの・・・昨日はごちそうさまでした 」
「礼には及ばない 」
新藤は即答した
「それに・・・すいませんでした。私の酔いのたわごとを聞かせてしまって、先生は少しも楽しくなかったでしょうね」
「そんなことなかったよ」
「本当に・・・なんて馬鹿なことを・・・・どうか忘れてくださいね。多分・・・昨日は少し飲み過ぎたんです、こんなことで業務に支障がきたすことはしませんから、私は立派な大人ですし・・・」
「僕が相手になる!」
早口に話す桃子の会話を遮るように、新藤が言った
「は?」
きょとんとして桃子が新藤を見つめた
「君のロストバージンの相手だ!僕が君の相手をする! 」
「ええっ?」
桃子はおどろき、まっすぐ新藤を見つめた、新藤は厳しい顔をして言った
「そうだ!僕だ、そんな驚くことか?僕だって、れっきとした男だよ」
桃子は驚いて何も言えなかった、よろめいてもたれた棚からファイルが数枚落ちた
「どう・・・してですか?」
「君が桧山のようなヤツに、処女喪失を頼むなんて言うからだ、彼が相手では最悪の経験になる 」
新藤はため息をついて首を振った
「正直に言えば、君のことを心から愛する男が現れるまで待つべきだと思う・・・・しかし・・・どうしても経験したいと言うならば、少なくとも君に好意を持ち良い思い出にしてくれるヤツでなけば・・・」
桃子が何も言えずにただ新藤を見つめていると、新藤が桃子に近づいてきた
「僕は離婚したけど、それなりに女性経験はあるつもりだ、処女は初めてだけど・・・・まぁ・・なんとかなるだろう。その後の仕事にも支障はきたさないし、一回きりのあとくされなしだ。君は初体験を終えて、晴れて一人前の女性として恋愛に前向きになれる。もちろん僕は誰にも言わないし、何もなかったようにふるまえばいい」
新藤はポケットからスマホをとりだした
「決行は今週の週末だ!土日で一泊旅行に行こう、スマホは持っているか?」
新藤は片眉をあげて事務的に桃子に聞いた
「はっはい!」
あわてて桃子はポケットから、スマホを取り出し、LINEの赤外線でお互いのアドレスを交換しあった。新藤は桃子のLINEアカウントが、表示されたスマホ画面を見て言った
「・・・今まで連絡先も知らなかったんだな、僕達は・・・ 」
桃子はクスッと笑った
「私はいつでも病院で会えましたから・・・」
「ん?」
「いえ・・・なんでもないです」
桃子はポッと赤くなった。彼は本気だ、ふざけてなんかいないと確信した
いつも夢見ていたロマンチックな誘いのものでも何でもないけど、彼は昨日の私の嘆きに何とかして答えてくれようとしている
それに彼は一回きりで、深い関わりを持たないと言ったけど、私の方はどんどん彼にハマっていくことだろう
「行き先が決まったら連絡するよ 」
「わかりました・・・・ 」
新藤は軽くうなずくと桃子に近づき、そっと彼女のメガネを外した。そして桃子に優しくキスをした
桃子は驚き身を硬くしたが、やがて目を閉じ、ゆっくりと身体の力を抜いた
初めは下唇にそして上唇にうつり
舌先で感じやすい桃子の唇を愛撫した、キスは次第に深くなり
舌先で桃子の唇を開くように誘う
桃子はためらいがちにそれに応えて、そっと唇を開いた
同時に新藤の舌が桃子の中に入ってきた
無意識に桃子が新藤に体を寄せると、唇の動きを通して彼が優しく、微笑むのを感じた
彼は両腕で桃子を強く抱き寄せ腰から背中を優しくなでた
桃子は震えながら新藤にしがみついた
彼に触れたい、もっと彼の肩や胸に触れたかったが、どうしていいか分からず、彼の白衣を強く握りしめていた
彼の両手は桃子の尻を掴み、自分の股間をしっかり押し付けた
ゆっくり揺れながら、たしかに男性の高まりを腹部に感じる
こんなに熱く硬くなるの?男の人って・・・・
そして自分もしっとり濡れている
このまま彼に抱かれたい、彼が目覚めさせてくれたこの激しい歓び
すばらしい・・・心を奪われるようなキスが静かにやみ
彼が体を離し両腕を外した
「今のは手付け料だ、キャンセルはきかない、いいね?」
「はい・・・・ 」
新藤は桃子を見下ろした、今自分が吸い付いたせいで、彼女の唇はほんのり赤みを増しふっくらしていた
そして目はトロンとしうっとり、感じているような表情を見つめていると、また欲望が突きあげてくる
このぐらいにしておかなければ、ここで今すぐ彼女を犯してしまうほど新藤は興奮していた
ぎこちなく彼女に挨拶し、彼女をその場に残したまま彼は去って行った
桃子は今起きた事を幻ではないだろうかと、何度も頬っぺたをつねった
でも膨らんでいる唇とかすかに残る、彼の男らしい匂いが事実を語っている
これは現実なんだ、彼はあたしのロストバージンの相手をかって出てくれた
なんて奇跡!この週末のことを思い浮かべると、突然現実味をおび、心が高ぶるような恐ろしい気持ちに襲われた
そして新たな事実に気づき、桃子は、はっとしてつぶやいた
「今週末って・・・・・クリスマス・イブじゃない・・・・」
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