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#現代ドラマ
ゆうき あきや
4,038
259
#心理描写重視
コメント
1件
ああ、もう、読んでて心がぎゅっとなりました……!石油王と銀行家が「食事が楽しいと思ったことが何十年もなかった」って言葉、すごく重くて。お金じゃ買えないあたたかさがここには確かにあるんだなあって。でも最後の限界言い訳で笑わせてもらいました(笑)。小春ちゃんの紙皿スマッシュ、最高のツッコミでした!シロの「ミャウ(照れ屋な男ね)」も優しくて、じんわり沁みました。
第119話:トカチの恵みと、大富豪たちの涙
十勝の限界集落を包む空は深い藍色に染まり、あたりはひんやりとした初夏の夜風に吹かれている。
だが、古民家の庭先に設営された『完璧な陣形(BBQセット)』の周囲だけは、圧倒的な熱気と、えも言われぬ多幸感に包まれていた。
陸上自衛隊『需品科』のノウハウをすべて注ぎ込んだ、計算し尽くされた炭火の遠赤外線。
その網の上で、ドバイの石油王とスイスの銀行家が自らの手で泥まみれになりながら掘り起こした夏大根や、昨日の新じゃが、そして色鮮やかな地元野菜たちが、パチパチと心地よい音を立てて焼き上がっていく。
「さぁ、マスター(主)特製の焦がし醤油を塗った、極上の大根ステーキだ! バンカーよ、君も食べてみたまえ!」
「ああ! では私は、このホクホクに蒸し焼きにされた新じゃがに、たっぷりの特製バターを乗せたものをいただこう!」
ジャージ姿のままの二人のトップVIPは、熱さに「アチチッ」と声を上げながらも、大きな口を開けて野菜にかぶりついた。
サクッ、ジュワァァァ……。
分厚い大根ステーキを噛みちぎった瞬間、石油王の口の中に、閉じ込められていた大地の甘い水分が爆発するように広がった。
焦がし醤油の香ばしさが、大根の強烈な旨味を極限まで引き上げている。
「……ッ!!」
隣では、スイスの銀行家が、とろけ出したバターごと新じゃがを頬張り、その信じられないほどの甘さとホクホク感に完全に言葉を失っていた。
「……美味しいか、二人とも」
俺が定位置の折りたたみチェアから声をかけると、彼らは弾かれたように顔を上げた。
「あぁ……美味しい。信じられないくらい、美味しいよ」
銀行家の声が、微かに震えていた。
「私は毎日、数万円のランチを食べ、夜は星付きのレストランで専属シェフのフルコースを食べている。だが……いつもテーブルの向こう側は空席か、私のカネを目当てにした投資家たちの作り笑いばかりだった」
石油王も、手にした大根ステーキを見つめながら、静かに頷いた。
「私の宮殿のダイニングは、この古民家の庭の何十倍も広い。だが、食事の前に必ずSPによる毒見があり、私は常に誰かに命を狙われる緊張感の中でメシを飲み込んでいた。食事が『楽しい』と思ったことなど……もう何十年もなかったんだ」
二人の大富豪は、ふと周囲を見渡した。
バーベキューコンロの向こう側では、エプロン姿の小春ちゃんが「お肉(大豆ミート)も焼けますよー!」と屈託のない笑顔で笑っている。
足元では、キタキツネのコン吉とコン次郎が「おすそ分けちょうだい!」と無邪気に尻尾を振ってじゃれついている。
そして、特等席の切り株の上では、神秘的な『オッドアイ』の瞳――左目のサファイアブルーと右目の琥珀色――を瞬かせる純白の神獣シロが、『ミャウ(慌てて食べると喉に詰まらせるわよ)』と、まるで母親のように優しく彼らを見守っていた。
誰も彼らの総資産(カネ)など気にしていない。
誰も彼らに媚びを売らないし、命を狙う者もいない。
ただ純粋に、自らの手で収穫した作物を、火を囲み、同じ釜の飯を食う『仲間』として接してくれている。
「……マスター。君のチャンネルを見て、ずっと憧れていたんだ。この温かい空間に」
ポタッ。
石油王の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「泥にまみれて働き、星空の下で、気の置けない仲間と笑い合いながら、熱いメシを食う……。これ以上の贅沢が、これ以上の幸せが、この世界のどこにあるというんだ……ッ!」
「あぁ……。スイスの地下金庫にある何トンの金塊よりも、今この瞬間が愛おしい。ここは……本当に奇跡のサンクチュアリ(聖域)だ……ッ」
銀行家もまた、泥のついたジャージの袖で、ボロボロと溢れる涙を拭っていた。
世界経済を牛耳るトップVIP二人が、限界集落の庭先で、じゃがバターと大根ステーキを握りしめながら、子供のように声を上げて泣いているのだ。
ジンバル越しのiPhone miniの画面では、一千万人のリスナーたちも、この美しすぎる光景に完全に涙腺を崩壊させていた。
『ダメだ、俺も泣いてる……』
『カネじゃ買えない幸せが、ここにあるんだよな』
『石油王と銀行家の孤独な過去を聞くと、この涙の重さがヤバい』
『主の古民家、マジで世界中の疲れた大人を救う最高の聖域だわ』
「石油王さん、銀行家さん……っ」
小春ちゃんももらい泣きをして、目元をハンカチで押さえている。
感動と涙、そして圧倒的な多幸感に包まれる限界集落の夜。
だが、この感動の渦のど真ん中で、俺はただ一人、一切の感情を排した元・社畜の顔で、己の兵站(ロジスティクス)を維持し続けていた。
「……咀嚼よし、嚥下よし」
俺は先ほどから一切ペースを崩すことなく、完璧な水加減で炊き上げられた『玄米』と、炭火で香ばしく焼き上げた『大豆ミートのステーキ風』を咀嚼し続けていた。
どれだけ周囲が感動の涙を流そうとも、俺の『究極の一日一食』のルーティンは一ミリもブレない。
玄米のプチプチとした食感と、大豆のヘルシーかつ力強い旨味をしっかりと噛み締め、俺は改めて熱いほうじ茶で喉を潤した。
そして、キリッとした真顔のまま、iPhone miniのカメラに向き直った。
「皆さま。彼らが涙を流しているのは、決してこの空間の温かさや、仲間との食事に感動したからではありません」
『出たァァァァァ!!!』
『この世界一美しい感動のシーンで、まだそれやるかこの男は!!!』
『主の限界言い訳タイム・大富豪の号泣編ww』
俺は淀みない口調で、極めてフラットに、物理的な見解を述べた。
「これは、俺が完璧に組み上げた炭火から発生する『微量の煙』が、初夏の夜風に乗って彼らの網膜と涙腺を直接刺激した結果です。さらに、焦がし醤油に含まれる塩分と、熱々のジャガイモによる口腔内の温度上昇が、自律神経のバグ(発汗および流涙反射)を引き起こしたに過ぎません。ええ、ただの『煙たさ』と『生理現象』ですね」
「んなわけあるかあああ!!!」
小春ちゃんが、持っていた紙皿で俺の後頭部に愛あるフルスイングのツッコミを見舞った。
「石油王さんと銀行家さん、今お互いの肩抱き合って『最高の友よ!』って言いながら泣いてるじゃないですか!! 風向き的にも煙は完全に逆方向に流れてますよ!! 素直に自分のおもてなしが彼らの心を救ったって認めなさいよ!!」
『小春ちゃんの紙皿スマッシュ炸裂www』
『涙腺への物理刺激(カネで買えない感動)』
『自律神経のバグ(最高の友との出会い)』
『適応力バグおじさん、ついに大富豪の心の涙まで煙のせいにするww』
『主のこのブレなさが、逆に最高の安心感を生んでるww』
俺の理不尽すぎる限界言い訳と、小春ちゃんのキレキレのツッコミに、感動で泣いていた一千万人の視聴者たちは、一瞬にして腹がよじれるほどの大爆笑へと叩き落された。
『ミャウ(ほんと、照れ屋な男ね)』
シロが、俺の足元にすり寄ってきて、まるで俺の内心をすべて見透かしているかのように喉を鳴らした。
「……まぁ、理由はどうあれ。彼らの心身の疲労(デバフ)が解除されたなら、それでいい」
俺は苦笑いしながら、空になった玄米のお椀を置き、星空を見上げた。
黒服のSPたちも、ボスの幸せそうな笑顔を見て、サングラスの奥で密かに涙を拭っている。
何もない北海道の限界集落。
だが、ここには確かに、世界中のどんな権力者も羨む『本物の温かさ』がある。
VIPたちの涙と大爆笑に包まれた、世界一バグった秘密の収穫祭は、夜が更けるまで、どこまでも平和に続いていくのだった。