テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
関所は、高速道路の料金所にできていた。
二日目の昼。八王子。料金所のゲートに、鉄のバリケードが並べられ、その向こうに、腕章をつけた男たちが立っていた。自警団、と腕章に書いてある。
列があった。東京から出てきた人々。一人ずつ、ゲートの前で止められ、何かを聞かれ、通されたり、戻されたりしている。
「何を聞いてるんだ」瑠衣が言った。
「身元だろう」要は言った。
「身元って、何で証明するんだよ。全部、嘘になったのに」
それが、問題だった。
三人の番が来た。ゲートの前に、五十代の男が立っていた。農家の顔をしていた。日に焼けて、手が大きい。関守、と自分で名乗った。
「どこから」
「東京。商店街の」要は答えた。
「どこへ」
「木曽」
「何のために」
「妹に会いに」
関守は、三人を順に見た。
「身元を、証明できるか」
要は、荷物から三冊のノートを出した。商店街の会長が、出発の朝に書いてくれた紹介状が、一冊目に挟んである。会長と、肉屋と、八百屋の署名。一ノ瀬の印。
関守は、それを読んだ。長く読んだ。それから、言った。
「これが本物だと、どうやってわかる」
要は、答えに詰まった。
紙は本物だ。署名も本物だ。でも、それを関守に証明する手段がない。関守は会長を知らない。一ノ瀬を知らない。要の会社も、要の名前も、知らない。要が何者であるかを、この男に証明する方法は、この世界のどこにもなかった。
「……わかりません」要は言った。
関守は、うなずいた。怒ってはいなかった。
「正直でいい。この三日で、二百人がここを通った。証明できたやつは、一人もいない。免許証も、カードも、スマホも、全部ある。全部、信じられん」
「じゃあ、どうやって通してるんですか」
「顔だ」
関守は、自分の顔を指した。
「おれは、八王子で四十年、農業をやってる。八王子の人間なら、顔でわかる。八王子の人間が『こいつは知ってる』と言ったやつは、通す。言わなかったやつは、通さない。それだけだ」
「僕らは、八王子の人間を、誰も知りません」
「なら、通せん」
関守は、ゲートの横を指した。戻される列だった。
要は、動けなかった。三冊のノート。会長の紹介状。一ノ瀬の印。全部、ここでは紙切れだった。商店街の中では信用だったものが、商店街の外に一歩出た瞬間、ただの紙になった。
これが、妹の言っていたことだ。隣の村と、取引が止まった。
「待ってください」
つむぎが、前に出た。
「関守さん。さっき、列の五人前にいた女の人。緑のリュックの。あの人、通しましたよね」
関守が、眉を上げた。
「ああ。八王子の、知り合いの娘だ」
「その前の、お年寄りの男の人も。杖をついて、左足を引きずってた」
「……通した」
「その前の、子ども連れの夫婦は、戻しました。子どもは、男の子で、赤い靴」
関守は、何も言わなかった。
「私、ここに並んでる間、通った人と戻された人の顔を、全部覚えました」つむぎは言った。「二十六人。言えます。全員」
つむぎは、言った。二十六人。順番に。顔の特徴。服。持ち物。通されたか、戻されたか。
関守の後ろにいた若い自警団員が、途中で口を開けた。
「……合ってる」
関守は、つむぎを見た。長く見た。それから、要を見て、瑠衣を見た。
「あんたら、何者だ」
「証明できません」要は言った。「でも、彼女は、顔を覚えます。僕は、台帳をつけます。八王子に、台帳をつけたい人がいるなら、やり方を教えます。通してくれるなら」
関守は、しばらく黙っていた。
「名前じゃない」関守は、ようやく言った。「顔だ。あんたの顔は、覚えた」
関守は、ゲートの鉄を、少しだけ動かした。
「通れ。ただし、八王子で一晩泊まって、台帳のやり方を、うちの女房に教えていけ」
三人は、ゲートを抜けた。
要は、振り返って関守を見た。関守は、もう次の人間の顔を見ていた。名前ではなく、顔を。
「要さん」つむぎが、小声で言った。「私、役に立った?」
「立った」要は言った。「紙より」
(第12話「物々交換の村」へ続く)
リフェアリー
128
コメント
1件
うわ、これいいな……。一番ぐっと来たのは、関守が「名前じゃない、顔だ」って言い直すところ。デジタルも紙も全部死んだ世界で、人間の記憶が一番確かな証拠になる、っていう逆転の発想が綺麗だった。つむぎが二十六人を覚えてた場面、静かなカタルシスがあった。要の「紙より」の一言で全部回収された感じする。この世界観、しっかり設計されてて好きです。続きが気になる。