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天皇陛下、ばんざーい……
ばんざーい……
ばんざーい……
そんな声が、今は酷く遠い。
少ない資源の中、強かに生きる国民たちは逞しかった。
俺達もそう在りたいと、ただひたすらに。藻掻くように生きていた。
「敵艦を今日は2隻沈めた。おい陸、そっちの戦況はどうだ」
「こちらは万全だ。いつあの鬼畜米帝が来ようとも処刑する準備は整っている!」
「二人とも頼もし〜ね〜!んじゃっ、僕も二人を見習ってバンバンB-29を撃ち堕とさなきゃね!」
そう会話していた頃が懐かしい。
あの頃はそうだ、ある意味楽観的だったのかもしれない。
長男の海。大日本帝国海軍の化身であり、潮の流れや空模様から天気を予測し、百発百中だった。
末っ子の空。大日本帝国海軍航空隊の化身であり、太平洋戦争末期頃から神風特攻隊の化身へと変わった。
最後に自分、陸。大日本帝国陸軍の化身。西は大陸から、東は海の果の小さな島までの広大な土地を握っていた。
海、陸、空。それぞれを守る軍隊の化身が俺達三兄弟で、揃っていたからこそ強く在れた。
そんな事にも気づかず、自分は甘えていたのだろう。
いつか、そんな“当たり前”が終わる事を考えなかったのだから。
「──……あぁ、こりゃ、駄目だな……」
「ごめんね、二人とも」
忘れもしない。
1945年、8月6日。午前8時15分。ヒロシマ。
太陽で焼けそうな程暑い日に、空は
死んだ
戻ってきた空の遺体は今も鮮明に覚えている。
全身が焼け、顔もわからない。触れればボロリと黒い粉になって体が崩れた。
ただ一つ、俺達の兄弟であることを証明するかのように、三人の写真が入ったロケットペンダントを握りしめていた。
「……なんで」
海は目を見開いて呆然としていた。泣きもしなかった。大日本帝国とアメリカ合衆国との技術力の差を目の当たりにし、怒り、驚愕、悲哀、憎悪、嫌悪、そんなものが入り混じったのだろう。海は空の遺体を揺すりながら目を見開いて笑っていた。壊れていた。
「なぁ、空。空、冗談キツいぞ。一緒に精霊馬を作って盆を迎えるんじゃなかったのか。秋には紅葉を見ようと約束して、来年は家の庭の桜の木で花見をしようと言ったじゃないか。……なぁ、……空!!」
「辞めろ、海っ!!」
「うるさい!!陸に俺の何がわかる!!」
肩に伸ばしていた手を思い切り振り払われた。光の無い鋭い瞳がこちらを睨む。
いつから自分の兄はここまで壊れてしまったのだろう。
「……海」
「空のために、絶対に米帝を処して──……この戦争に勝つぞ」
海はどこか震えたまま、小さく頷いた。
この日、俺達の心の安寧に亀裂が入った。
その数日後。
あの日のヒロシマのように、海と俺の居るナガサキは快晴だった。
あれは何をしている時だっただろうか。確実なのは何かしらの任務の途中だった事。
1945年、8月9日。午前11時2分。
今度は初めて、自分は空が最期に見た光を目の当たりにした。
アメリカによる二度目の原爆投下を俺達二人は直下で食らった。
「な、っ──……」
声も出なかった。建物の影に隠れていて光は直視していなかったが、俺の目の前は一瞬にして真っ白になった。
空気を吸い込むたびに肺が焼けそうなほどの熱が全身を覆う。
熱波と風圧で吹き飛ばされ、背後にあった鉄筋コンクリートの建物に思い切り頭をぶつけた。
熱い。
視界が明滅している。まともに前も見えない。
熱い。
息が出来ない。腕が激しく痛む。きっと骨折か何かしたのだろう。
熱い。
──海は?
原爆投下からきっと数十分は経っていただろう。
そのぐらい経たねばマトモに動けない程に国の化身である自分ですらダメージを食らった。
のろのろと周りを見渡せば、いくつもの黒い塊。
呆気なく人が大量に焼け死んでいた。
そこに白い服を着た人間──殆ど焦げていたのになぜわかったのかはわからないが──海を見つけた。全身が痛むのも構わず一直線に。
「……海。おい、海」
軽く揺すると、こふ、と咳き込むような音。海は生きていた。
無事ではなかった。
「……下半身が」
無い。
言葉を失った。
熱線で焼き切られた下半身は影もなかった。上半身が無事な故にやたら痛々しく思える。血は一滴も出ていないのが命をつないでいるのだろう。だが、それと同時に、命を落とすのも時間の問題。
頭が真っ白になった。
「……陸か」
海はうつ伏せのまま呟いた。慌てて起こし、自身の膝の上に頭を乗せた。なぜそんなことをしたのかはわからない。海の青い目が自分を見上げていた。
「……俺のことはもう良い。どうせ死ぬ命だ、……放っておけ。このままここにいたら、……お前も死ぬぞ」
「俺のことなど良い!!まずは自分の心配をっ……!!」
「陸!!」
パシン、と頬を打たれた。重傷の人間が出して良い力の強さではない。一瞬で我に返った。
海は薄く笑っていた。空を失ったときの狂ったような笑みではない。
自分たちを育ててくれていたときの、朗らかな笑みだった。
「……陸。腕をどうにかしたのだろう。今から軍の救護所に行けば、お前は助かる。
……生きろ、陸。……この国を、最期まで……見届けて……」
海が伸ばしかけていた腕が力なく落ちた。そしてそのまま動かない。閉じられた目は再び開くこともない。
死んだ。
自分の唯一の家族だった兄と弟をたった3日間で失った。
太平洋戦争が終わる、6日前のことだった。
「どこで、間違えたんだろうな」
空を見上げて問うた。
それに答えてくれる人間は、後にも先にも誰も居ない。
正真正銘、俺は独りになったのだ。
──……、……てい。
「おい、日帝。
話を聞け」
「……」
世界で一番憎むべき国が隣に居た。
顔を上げるのも億劫で俯いたまま小さく頷きのような仕草を返す。
車椅子に乗せられた自分は今の立場を思い出した。
(……戦争犯罪人か)
周りには大量の連合国の面々。自分を憎らしそうに睨む国も居れば、同情でもしているのかと言いたくなるような哀れみの目を向ける国も居た。大日本帝国が領有していた植民地の国々も居て、その顔を見た途端に記憶が鮮明に蘇ってくる。けれど、体は動かない。動かせない。自力で動くという機能がすっぽりと抜け落ちたように動けなかった。
カンカン、とガベルが鳴る。目の前には初めて見る組織の化身の顔。名を、国際連合と言うらしい。そいつは全てを見透かすような目で俺を見据えていた。
「──……えー、では。大日本帝国陸軍は第二次世界大戦における太平洋戦争にて、無辜の民を虐殺し、世界平和を揺るがす多数の重大な事件を引き起こしたA級戦犯者として、絞首刑に処す。……異論は」
俺は答えなかった。周りの奴らも答えなかった。
あっさりと自身の死刑が決まった。なのに、どこか他人事のような。
以上で閉廷とす、という声が聞こえ、裁判は呆気なく終わる。
車椅子を押され、どこかもわからない建物内を移動させられたあとは檻に閉じ込められた。
何もせず、飲まず、食わず。植物のように生きる生活は楽だった。
戦争終結から数カ月後。
俺は絞首刑に処された。
6年もの間続いた第二次世界大戦は枢軸国の敗北で終わりを告げたのだ。
「……、……ん……」
目を焼くような眩しさで目が覚めた。
何だ、また原爆なのか。いや、違う。熱くない。確かに気温は暑いが、原爆の熱波とはまるで違う。
「……、……っ!?」
慌てて飛び起きた。なぜ生きている。自身の手の平を見て、ぐ、と握りしめたり、開いてみたりする。
その瞬間に幼い子どもの声が飛び込んできた。
「ねー、おかーさーん!あそこ変な格好してる人が……」
「コラッ、そんなこと言わないの!!ほら、もう、……あの、すみません……」
母親らしき人間が申し訳なさそうに頭を下げて、ついでに子供の頭も下げさせてから足早に去っていった。こちらを訝しげに見つめていた目が忘れられない。
最初は単純な違和感だった。子どもたちの笑い声が聞こえる。母親たちが楽しそうに談笑している。それは戦時中もあった光景だ。
洋服。カラフルな遊具。外来語の飛び交う会話。痩せ細っていない、健康的な体躯をした人々。
これは、一体……
「……何が、起こっているんだ……?」
次回に続く。
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ぬーぴく