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「うん。反対を押し切って産んだくらいだから、本当は日向くんのことを大切に思っているけど、お父さんは、その、暴力を振るうような人だし、だから怖くて何も言えないんじゃないかって」
「そんなはずないよ」
玲は厳しい口調で言った。
「もしもそうだったとして、だったらなんだっていうの? 僕がどんなにひどいことをされても、助けてくれないことに変わりはない。
そんなの、どうでもいいと思ってるのと同じだよ」
やっぱり言うんじゃなかった。仁太は激しく後悔した。
「ごめん。よく考えもしないで、わかったようなこと言って」
「あ……僕のほうこそごめん。僕のためを思って言ってくれたのに」
玲の目が悲しげに揺れる。
「僕は、日向くんがこれからうちで暮らすこと、すごくうれしいと思ってるよ。それに、日向くんには、もう辛い思いをしてほしくない」
「江崎くん……」
濡れた瞳で見つめられてドギマギしてしまい、仁太は慌てて言った。
「あっ、先にお風呂に入って。さっきは姉ちゃんが変なこと言うから、びっくりしちゃった」
「ホントだね」
玲が微笑んでくれたのでほっとする。
「じゃあ、先に入らせてもらうね」
「うん、ゆっくりでいいからね」
翌々日には、玲の身の回りのものや制服、江崎家への菓子折りなどが宅配便で送られて来た。その日、玲は姉と近くの整形外科を受診し、翌日から、登校を再開することになった。
仁太は、やはり朝の満員電車は怪我に障るのではないかと思い、姉にしばらく車で送ってくれないかと頼んだ。姉は快諾してくれたのだが、玲はひどく恐縮した。
「その間は、当然僕も一緒に乗せて行ってもらうよ。人にもみくちゃにされながら登校しなくていいと思うと気が楽だなぁ。
ねぇ、そうしよう?」
仁太がそう言うと、ようやく納得してくれたのだった。
朝、並んで教室に入って行くと、装具を着けた上に制服のジャケットを羽織っている玲に、クラスメイトが声をかけて来た。
「あれ、怪我したの?」
玲が答える。
「うん、肩を脱臼したんだ」
「へぇ、痛そう」
「ちょっとだけね」
「ふぅん」
普段、あまり話したこともない彼は、それで気が済んだのか、ほかのクラスメイトのもとへ去って行った。
仁太と玲は、顔を見合わせて苦笑する。
玲の姿が人目を引くようで、久しぶりに村山も話しかけて来た。
「日向、怪我したの?」
「うん、肩を脱臼したんだ」
「そういえば、ここんとこ休んでたっけ」
「うん」
村山が、ちらりと仁太を見て言う。
「最近、二人仲いいよな」
「……まぁ」
仁太がもじもじしていると、玲がさらりと言った。
「今僕、江崎くんちにいるんだ」
「えっ、同棲?」
「おい!」
慌てて否定しようとすると、玲が答えた。
「そうだよ」
「ち、違うよ! 日向くんの家庭の事情でうちで暮らすことになったけど、家族もいるし、別に同棲とかそんな……!」
言いつのる仁太に、村山がしらけたように言った。
「ちょっと冗談で言ってみただけだよ」
「僕も冗談で答えてみただけ」
玲も平気な顔をしている。ムキになった自分が急に恥ずかしくなって、仁太はうつむきながら、玲を横目で見た。
「日向くんって、冗談とか言う人だったっけ……」
ふふふと笑う玲。
「じゃーな」
村山も去って行った。
仁太は抗議する。
「ああいう冗談はよくないよ」
「どうして?」
「どうしてって、あらぬ誤解を生むだろ」
「あらぬ誤解って?」
玲はやけに食い下がって来る。
「だからその、二人が付き合ってるとか……」
「そう思われても別にいいよ。実際、付き合ってるって言えないこともないし」
そう言って、玲は自分の席に向かって歩いて行ってしまった。
仁太は、その背中をぽかんと見つめる。えっ、今の、どういう意味?
昼休み、カフェテリアのテーブルに向かい合って座る。
今日は二人ともB定食。メインはチキン南蛮だ。
「おいしそう」
タルタルソースがたっぷりかかったチキン南蛮を見て、うれしそうに微笑む玲に、仁太は話しかけた。
「あのさ」
「うん?」
かわいい顔でこちらを見る玲。
「えぇと……」
今朝言われた言葉が、ずっと気になって頭から離れない。その意味を確かめたかったのだが。
「いや、なんでもない」
「そう……」
玲は、不思議そうにつぶやいた。
言葉の意味は気になるが、そこはあえてはっきりさせないほうがいいのかもしれない。
なぜなら、この先も二人は、襖一枚隔てた隣同士の部屋で暮らすのだ。とはいえ家族もいる。
仮に「そういう」関係になれたとしても、もしも家族に気づかれたり、あるいは関係が破綻して気まずくなっては困る。
その結果、玲が出て行かなくてはならなくなったりしたら、それこそ取り返しがつかない。
今のままでも、玲とは、とてもうまくいっているし、毎日とても楽しい。このままで十分ではないか。
仁太はそう思ったのだ。
別に告白されたわけでもないのに、我ながら、あれこれ考えすぎて面倒くさい性格だと思うが、こればかりは生まれつきの性分で変えられない。