テラーノベル
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ただひたすら、雨の降るぬかるんだ道を二人で走っていた。
人質にとられた人間は最悪なことに、まだ十歳にも満たない幼い子供だった。
正面で犯人の気を引いているうちに、裏から回り込んで人質を助け出し、ついでに制圧もする。そういう作戦。
俺たちの他にも何人か違う道から行っている。
時折入る無線で犯人の状況を把握しながら必死に走る。
そもそもなぜこうなったのか?
人質はこの辺じゃ有名な大富豪一家の子供だ。そこで犯人は大人が留守の間を狙って子供に目をつけた。今じゃあの娘にとって安全なはずの家が一番危険な場所でもある。
ひどいものだと思う。俺にも娘がいるから親の気持ちがよくわかる。
息を切らしながらそれでも止まらず走り続ける。
無駄に広い庭しやがって。と、考えているとぬかるみに滑って転んでしまった。
前を走っていたあいつも何か違和感を感じたのかこちらを振り返り、戻ってくる。
泥のせいで、雨のせいで立ち上がるのに苦戦する。
「大丈夫かよ」
そういいながらこちらへと向かってくるそいつに対し、「すぐ行くから先に行け」と何度も言うが、聞かずに向かってきて手を伸ばされる。
大人しく差し出された手をつかんだ瞬間だった。
パンッ。
高く乾いた音が辺りに響く。その一瞬だけ雨のノイズが消え、クリアにその音が頭に響く。
直後苦しそうに膝から崩れ落ちる目の前の人間に戸惑いを隠せずどうしたのかと声をかける。
ふと後ろを覗き込み目に映った光景で状況ようやく理解する。撃たれたんだ。…撃たれた?
なぜ?犯人は一人のはず…だってこの家の防犯カメラに映り込んだ人間も、近所の人の目撃情報も。
全て全て、一人だ。複数人いたのか?だとしたらどうやって何十箇所にも渡って仕掛けられた防犯カメラと防犯装置をくぐり抜けることが可能だった?
そうこう考えているとなんだか不思議な感情がふつふつと湧いてくる。
無線にはさっきの音は何だったのかと何度も何度も繰り返し入るが、そんなものは無視をし呻き声をあげる男にひと言、すまないとだけ言い撃った野郎めがけて一直線に走っていく。途中銃弾にかすりもしたが、気にしていられない。
ソイツは手にサバイバルナイフを隠していて腕や手やに浅く傷を入れられる。
痛みに耐え地面にソイツを押さえつけると空いた腕で左頬を口の端から耳あたりにかけて切り裂かれる。
あまりの激痛に視界がブレて瞬間的に頬を押さえてしまったせいで犯人には家の中へ逃げられてしまう。
だめだ、親玉に知らされては困る。何の罪もない子どもの命が奪われてしまうではないか。
悪態をつきながら顔中に走る痛みをなんとかして耐え無線に震える口で「もう一人いました!銃とナイフを持ってます!」と二度ほど言う。
口の中が血だらけで鉄の味が気持ち悪くて吐き出す。そんなことはどうだっていい。ブレる視界であいつの元へ走って戻りまだ息をしていることに安堵する。
力を振り絞って屋根のあるところまで引き摺りどこを撃たれたのか問う。
すると掠れた小さな声で「背中」と答える。一枚脱がすぞと言い羽織っているものを脱がす。
横たわる背中に足と腕を通しグッと傷口を押さえるが、処置の仕方があっているのかもわからない。
こちらの傷は生死になど関わらない。糸で縫ってしまうなどいくらでも手段はある。
けど、銃で撃たれた場合は?銃弾が臓器にまで届いていたら、神経を切り裂いていたらそれこそ死ぬかもしれない。
そう考えると自分の痛みは軽くなった気がした。
撃たれた傷口からは血が止まらない。熱い液体が指のすき間を通っては冷たくなっていく。
それが死んでしまうんじゃないかという不安をより一層煽った。
「ハッ…ひでぇ面…ズルいねぇ…男前がさらに良くなっちまうよ…」
途中息を浅く吸いながら言う。
「こんな時にまで冗談言ってる場合かよ…!!!」
思わず声が上がる。
すると「だって」と続けられる。
「本当のことだろ…?美人な奥さんにかわいい娘がいて…お前は面が良くて…羨ましいよ、心底」
あぁ…きっとこれが最期だ。俺も、そして多分こいつも、わかりきってる。
雨の音がやけに大きく感じる。耳鳴りがさらに辺りの音をかき消す。
目を瞑り何もかも忘れる事を試みるが、流れ出る相手の温度に現実へと引き摺り戻される。
「顔、見せてくれよ。その顔面最後に、拝んでおきたい…ああ勘違いするなよ、悪い意味でだからな」
ハッと目を開けそいつを見やるとダサいと眉間にシワを寄せ言ってくる。
目頭が突然熱くなり手に感じる熱と同様伝っては冷たくなる。
「お前の皮肉も…愚痴も悪態も、もう聞けなくなるのか…俺がミスした時に殴ってくれて、その後もグチグチ言ってくれるヤツなんてお前くらいしかいないのにな…」
相手の肩に額を当て、涙を隠しながら少し笑い交じりに礼をしてやると、「おい、なんだよそれ」と力ない腕で一発お見舞いされる。切り裂かれた頬の傷なんかよりずっとずっと痛い。渾身の一撃。
「はぁ…ハハッ…テメェが相棒でよかった…死に際に謝罪じゃなくてお礼をしてくれるやつなんてそういねぇぞ…」
本当によかった。段々と薄れていく声にいよいよ涙が止まらなくなりダサいくらい嗚咽まじりに涙を流した。もう熱を持たない液体も、動くことのない相棒も全部まとめて思いっきり抱きしめてやると、こころなしか一瞬動いた気がした。
ーーーーー
朝日がカーテンの隙間から差し込み、眩しさに目を覚ます。
…時々見る長い夢。というよりかは過ぎた記憶の欠片。
昔は毎日でも見てた。それこそ当時は悪夢も同然、自分の心臓が抉られてる感覚になっていた。
あの時死ぬのが自分だったなら。生かせていたら。何度思ったことか。
だがここ最近はぷつりとこの夢は見なくなり過去の出来事になっていた。壁に掛けてあるカレンダーに目をやると、丁度あいつの命日。
思い返すとアイツが死んでから今日まで仏壇にも墓にも線香一本あげてない事に気が付いた。
「今更かよ…もっと早くに教えろっての」
支度をして、リアムも誘った。
あいつの実家はここから離れた田舎の方にあるから、どうしてもとゴネて仕事を休んだ。
ーー
「よう、久しぶりだな。コイツが新しい相棒…っつーか無理やり組まされたリアムだよ」
その言葉にリアムがムッとするのを背中越しに感じながら続ける。
「お前と違って嫌味も言わなきゃ殴りもしねぇからそりゃまぁ快適快適!だけど、世話焼きでおせっかいばっかなのはお前に似てめんどくせぇ」
変に似ているからこれもお前の呪いだと思ってる。絶対忘れるな、一生の後悔になってやる。そんな呪いだと。
忘れるなんてできないしむしろ忘れてやりたいくらいなのに。まだ追い打ちをかけるか…。
「こんなことになるなら、もっと喧嘩して殴り合って一緒に酒でも飲んどきゃよかったな。」
線香たて好物だったものをいくつか置いてから、今日はその場を立ち去った。
また来年か盆に、今度は嫌いだったモンでも持ってきてやろう。
コメント
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もう、語彙力すごすぎません?この深刻さが伝わってくる感じプロですよね? 最期を向かえる感情_ダメージが入る表現_ 最高っした!!!参考にさせていただきます😊