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「仕事の後って飲みすぎちゃうよねー。気をつけるわ、また一緒に飲もうね」
社交辞令のついでに、特に頼みたいものがあったわけでもないけれど注文用のタブレットを手にしてみた。
すると彼は、特に名残惜しそうにするでもなく「わかった。じゃあまた機会があれば飲みにいこうね」なんて、わかりやすいこれまた社交辞令と共に立ち上がる。
『足りなかったらまた教えて』と、テーブルに置き去りにされた一万円札。
まぁ、足りすぎるじゃんね。
そんな飲んでもないし食べてもないし。
ゆっくりするのかなとか思ったら一瞬で解散だし。
やってらんない。
もうきっと会うこともないんだろう背中を見送って、はぁ〜、と盛大にため息をついた、その時。
奥の席から歩いてきた人たちだろうか。
賑やかな声と共に数人がテーブルの横を通り過ぎていく。
そこまでは別に良かったんだけど。
「え」
「あ」
最後尾を歩く人物と目が合った。
相手は咄嗟に、ヤベェ、てな感じの表情を見せるではないか。
それもそのはずだ。
私だって、彼の立場なら間違いなくそんな表情を見せると思うから。
目さえ合わなければ知らないふりをするのがマナーだろうけど、それはダメか。無視はさらに気まずい。
だから。
「あれー! 柏木くんじゃん。お疲れ様さま〜」
私はなんでもない顔と声で声を絞り出した。
うん。だって私が彼の立場ならそうされるのが一番気楽だと思うから。
どこから見られてて、聞かれてたのかはわからないし知りたくないところなんだけど。
「あ、はい。お疲れ様です」
「飲み会?」
「まぁ、そんな感じの」
えー、ヤバい、どうしようかな。すんごい気まずそうな顔してるし、何て言うのが正解?
わからないからとりあえず喋る。
「いいねぇ。もう解散?」
「そうですね、恐らく……」
「じゃ、ちょっと付き合う?」
「え」
あ、失敗。
驚いたように目を見開いたのを見てしまって気がついた。
これ違う。職場の先輩にこんなふうに声掛けられたら断れないやつじゃん。
私だったら絶対、めんどくせーってなるやつじゃん!
焦ってないよ、余裕だよって流れでいきたかったもんだから、私の中の余裕見せるパターンが、
『一杯付き合う?』しかなかったの、ほんとやだ。
泣きたい。