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「 やっと起きた。勝手に追いかけていって、これはないでしょうよ」
目の前には私を覗き込むティニの姿があった。心做しか心配そうで泣きそうな顔。その表情に既視感を覚えるのは、私の気のせいだろうか。
身体を起こすと、傍にはチタニーも座りながらこちらを見つめていた。
「大丈夫?もう起きてもいいの?」
私はチタニーを安心させるために笑みを作った。
「うん。大丈夫だよ。私はちょっと眠ってしまっていたのかもしれない」
私が言葉を発した時、まるでそれは間違いだと言いたげに記憶が流れ出す。広大な花園の景色。教会からかけ出す瞬間。見覚えのある背中が見え、衝動が沸き起こる。
「そうだ、私はドルリアンを追いかけていなかったかな…」
記憶を辿りながら呟く。
「それから…」
なぜだろう。言葉が続かない。そこから先の記憶が途切れているようで思い出せない。彼を追いかけて花園まで向かい、話しかけたところまでは覚えている。それからどうしたのか。何度振り返ってみても、その先の景色が見えなかった。
ティニは、私の後ろを指さしながら言った。
「彼と揉めていたところは見てたわよ」
彼女の指先をたどると、ドルが傷だらけで横たわっていた。私はすぐさま駆け寄った。あちこちに包帯が巻かれていた。けれど、隠しきれない傷痕もあるようでそれは生々しく、痛々しいものだった。
「どうして、こんな傷だらけに…」
傷は致命傷ではないものの、打撲痕がそこら中にあった。それはまだ新しいものように感じる。何かを叩きつけたようなこの痕は一体…。
「リエン、あなた覚えていないの?」
背後からの声に反応するように、急に背中に痛みが帯びた気がした。
「何がかな。何か忘れているかな」
誤魔化しのように言葉を吐く。痛みを感じたのは一瞬。 強く地面にでも叩きつけられたような感覚。ぶつかったとは言えないこのはっきりとした区別が出来るのはなぜか。私にも分からなかった。
「演技にしては下手くそ過ぎよ。人を心配させない嘘をつきなさないよ」
ティニは呆れながらも分かったように私の背中をさすってくれた。私の一瞬を見逃さなかったようだ。顔を痛みでしかめたつもりは無かったが、私が思っている以上の怪我のようだった。彼女は全て知っているような表情だった。
「怪我で人を心配にさせても、愛情とは別腹なんだから。愛は己の傷で買うものじゃないわ」
彼女は大人びていた。まるで、身近な誰かが怪我をした事があるような言い方だ。
「そんなつもりはないんだけどね」
ティニの言葉に誘われて、無意識のうちに背中に傷を負っている事を肯定してしまった。それを見かねてか、チタニーも小さな手ながら私をさすってくれた。
「私よりも、彼の方は…?」
私は傍で横たわる彼を見る。身体中に傷を抱えながら、まるで死んだように眠っている。けれど、静かな息を立てているから、命は無事なようだ。ただ、心配は拭えなかった。ティニはそんな私を見て、なぜか諦めたような顔をしていた。
「ええ、もういいわ。今から説明してあげる。何も覚えていないようだから」
ティニの一言から、私は記憶を無くす前の一切を聞いた。私が彼を追いかけたあと、すぐさま乱闘になったこと。彼女は怯え、何も出来なかったこと。その間、チタニーもティニの傍で気絶するように眠っていたこと。そして、彼の傷は私が全て刻んだものだということ。
「そんな、どうして私が」
「リエン。あなたがしていた事よ。それもすごく冷酷に。私は驚いてしまって、一歩も動けなかったわ…」
「そんな…」
ティニは、ドルの傷は私がやったものだという。それも冷酷に。そこの記憶を無くしているのか分からないが、到底、私のことだとは思えなかった。
「君も下手な冗談はやめて欲しいな。私はそんなことしていないんじゃないかな」
私はきっぱりと言い切った。それを仮にしていたとしても、それだけの事を忘れる理由が私には無い。
「嘘なんてつくと思って?私は事実を説明してるの。嘘なんかついても意味ないわ」
「それはそうだろうね。でも、私のこの背中の痛みと何が関係があるというのかな」
ティニは簡単そうに言った。
「彼とあなたが乱闘になったからよ。彼が地面に叩きつけていたのよ、リエン。あなたを」
彼女の言葉に背中がうずいた。その光景を連想出来てしまった。それが記憶なのか妄想なのか。今の私にはそれを否定することは出来なかった。
彼女は申し訳なさそうに言葉を付け加える。
「でも、あの時止めなかったらドルは村へ行っていたかもしれないわ」
私は忘れていた記憶が繋がったようだった。彼の進行を妨げるために向かったという動機を思い出した。けれどやはり、そこから先は繋がっていないようで。
「でもやはり、乱闘した記憶は思い出せないかな」
と、ティニは待っていたかのように言葉を告げた。
「ええ、だと思うわ。だって、きっとリエンがやった事じゃないんだと思うわ」
「え?」
私は予想外の言葉に彼女を凝視した。
「どういうことかなそれは」
ティニは、チタニーを指さした。チタニーもいきなりの事についていけていない様子だった。