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「すみません。散らかってるかもしれないですけど」
部長のうしろを歩いて行くと、リビングだろうか。大きな部屋があった。
うわぁ、すごい。
綺麗で広い。
大きなテレビにソファ、テーブル。
「私、こんなに綺麗で広い部屋、入るのはじめてです。楽しいです」
これは本音だ。
「そうですか。楽しんでもらえて良かった」
部長は他にもサニタリールームも見せてくれ、とりあえず手を洗い、部長の指示通り、ソファに座った。
ホテルにでも来ているみたい。
いや、こんなに広いホテルに泊まったこともないんだけれど。
「紅茶です。芽衣さん、いつも猫カフェで紅茶飲んでましたよね」
「あ、はい」
部長が温かい紅茶を入れてくれた。
「いただきます」
プライベートで男の人にお茶を淹れてもらうの、はじめてだ。
「美味しいです」
部長ってなんでもできるのかな。
「部長は、私のはじめてをいっぱい体験させてくれた人です。男の人を部屋に入れたのも、こうやってお家に来たのも、お茶を淹れてくれた人も、朝霧部長がはじめてです。もっともっと他にもありますけど」
私のはじめてが朝霧部長みたいな人で良かった。
「芽衣さん。それ、マジで嬉しい」
あれ、いつも敬語なのに。
となりに座っている部長を見ると、顔を手で覆っている。
「部長。さっきの続き、してください。あとでって言ってくれたじゃないですか」
何のことか、わかるかな。
「はい」
部長は私に近づき、ギュッと抱きしめてくれた。
ドキドキする、けれど、安心する。
心がほわほわする。
「私、朝霧部長のこと好きになっちゃったみたいです」
部長の顔が見えないから、素直に告白できた。
「本当ですか?」
こんなに密着しているからか、部長の体温を感じる。温かい。
「はい。好きです」
「嬉しいです。あー、離したくない」
部長の力が強くなった気がした。
可愛い、やっぱり犬みたい。
部長は優しく私を離し
「芽衣さん、俺と付き合ってください」
目線が合う。
私みたいな子が部長と付き合って良いの?
朝霧部長は、朝霧会長の息子なんだ。
もっと他に良い子がいるはず。
私なんかが……。
自分の気持ちを伝えておいて、そんなマイナスな思考が働く。
「俺は、芽衣さんが良いんです」
私の気持ち、聞こえているの?
部長の言葉に勇気が出る。
「はい。私で良ければ」
未来のことなんかわからない。
朝霧部長が近くに居てくれたら、自分が変われる気がする。
部長は私の返事にニコッと笑い
「これからよろしくお願いします」
手を差し出してくれた。
しっかりと握手をしたあと、部長は私をもう一度ギュッと抱きしめ
「離さないから」
低音の声でそう囁いた。
「えっ?皇成(こうせい)さん?」
付き合ってまだ三十分未満、私は朝霧部長からあるお願いをされている。
「そう。プライベートでは名前で呼んでください」
そうだよね、彼氏を<部長>なんて呼んでいたら変だ。
「皇成さん……」
名前、言っただけで顔が紅潮する。
「はい!」
呼んだだけでハハっと笑ってくれる部長がとても愛しく感じる。
皇成さんが頼んでくれたデリバリーで夕食を済ませ、ソファで雑談をしていた。
「芽衣さんはなぜ今の会社に?」
「ええっと。恥ずかしい話なんですが、親の指示です。大学に通学している時、自分のやりたいことについて摸索していました。そんな時、親が一人暮らしをしているアパートに来て、就職先を何社か勧めてきて。親の言いなりだった私は、嫌だって言えなくて、それでご縁があって朝霧商事にお世話になることになりました」
部長のお父さんの会社なのに、こんなことを伝えたくはなかった。
けれど、皇成さんには本当のことを話したい。
「そうだったんですね。今は、やりたいこととかないんですか?」
唯一、実はやりたいことがあった。
今の自分には難しい、チャレンジしてもいないのに諦めていることがある。
「実は、保護猫カフェで働きたいと思っています。譲渡会の様子とか、 たまたま見たことがあって。私も素敵な家族を見つけるお手伝いをしたいなって。人間のせいで不自由だったり、辛い思いをしてきたネコちゃんたちに幸せになってほしい。私もネコちゃんがいてくれたから、癒されていました。皇成さんに出会う前ですけど」
ネコカフェで求人を募集しているのを何度か見かけた。自分がカフェで働く想像もした。
はじめて<働きたい>って思った仕事だった。
けれど、給与面を見ると今の私じゃ無理だ。
今のアパートでもやっとの生活をしているのに。
「もしかしてなんですが。一つ気になっていることがあって」
申し訳なさそうに皇成さんが聞きたいことがありますと言ってくれた。
「なんですか?」
「芽衣さん、もしかしてご両親に仕送りをしているんですか?」
どうしてわかったんだろう。
「はい。そうです」
「それも給料から引くと、かなりの額を送っているんじゃ……」
ズキッと心が痛くなる。
いつも通りのことだと、あまり考えないようにしていた。
「かなりの額かどうかはわかりませんが、半分くらいは送っています。一度拒否をしたことがあったんです。だけど、どこで調べたのか二人でアパートまで来て。それで、一方的に怒鳴られて。あまりの騒ぎに近所の人に警察に通報されました。それから指示に従って、毎月、あと、賞与の時は言われた額を送るようにしています」
朝霧商事は決して給与面は悪くはない。
福利厚生もしっかりしている。
なのに、私があのアパートに住んでいるのは、固定費をかけることができないから。
「教えてくれてありがとうございます。辛いこと、思い出させてしまってすみません」
部長は、私の手を握ってくれた。
「辛くはありません。私より大変な人はたくさんいると思います。それに朝霧商事にいたから、皇成さんと仲良くなれたから」
フッと皇成さんは笑ってくれた。
「芽衣さん、良かったら一緒に住みませんか?この部屋、一室ほとんど使っていないんです」
「えっ?」
それは、同棲ということ?
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