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「ビートン、あなた……」


執事が、いつの間にかレジーナ達の落転を防ぐ手だてを打っていた。


それが、執事の仕事と言えばそれまでだが、余所の屋敷の様に一等執事などと、序列をつけるほど執事を雇っていないここで、雑用から屋敷の切り盛りからと、幅広すぎる仕事を任せているにも関わらず、ビートンは自身の役目に忠実過ぎるほど働いてくれていた。


どこの執事もどうも気を許せない人間が多いが、ビートンも、また、しかり。


自称、人嫌いをあらわに接してくれるため、事務的な話すらレジーナは、簡潔に最低限の関わりしか持てなかったのに。


もしかしたら、ビートンは、それを望んでいた?


必要以上に信頼関係という名前の、密着を避けていたのかも知れない。


レジーナは、背後に空々しいぐらいなに食わぬ顔で直立する者が、男であるのだと気が付いた。


昨日の酒の勢いでの行い。おぼろげに、覚えているが、ビートンは、未だかつてないほど、感情というものを表に出した。


それは今後の屋敷、皆の事を考えて、ではなく、彼、ビートンの個人的な感情だった。


それは、レジーナへ対しての……おそらく……。 レジーナも、それに、つい、甘え……。


どこか、婚約者として初めてディブを紹介された時の様な、はにかみと、嬉しさが入り交じった様な初々しいものだった。


なによりも、うっすらと漂っていた、ビートンの香りをどうして知っているのか、はたまた、覚えているのか、レジーナは、触れたくない記憶と戦った。


ずいぶんと、まろやかになったペパーミントティーの香りが鼻をくすぐる。


「お、お茶のお代わりを、そして……お兄様、そろそろ出発しましょう」


とっさに、一息ついて落ち着いて、それから……と、言い訳がましく言うレジーナが、一番、そわそわしている。


「ああ、そうだな。要らぬ騒ぎ立てをしてしまった。ビートン、すまんが新しいお茶を。レジーナ、少し落ち着いて、それから、出発しよう。お前のお陰で、助かった。いや、まあ、すまなかった。そして、これからのことだが……」


予備のカップと差し替えながら、ビートンは、慣れた手つきで、ペパーミントティーを注いでいるが、左様ですね、と、何やら、また、執事の助言をミドルトン卿へ向かって提案した。


「後は、レジーナお嬢様の思いを押し通す。卿?失礼ながら、ご本宅は、あなた様のモノ、そして、あなた様が、ご親族をおまとめになられるべきで、レジーナ様にまであなた様のような暮らしを押し付けるのは、いかがなものでしょう。それに、レジーナお嬢様は、ロンドンで、都会婦人たる生き方を知ってしまったようですから」


ミドルトン卿のカップへお茶を注ぎ終え、レジーナのカップを差し替えながら、ビートンは、朗々と嫌みなのか、励ましなのか、分かりづらい助言を述べた。


ミドルトン卿は、少し顔を歪めるが、


「そのようだな。ビートン、お前は、レジーナに、泣き叫べと言った。うるさ方には、うるさく迫るか。レジーナ、頼んだよ」


不甲斐ない兄ですまないと、ポツリと言い捨てて、卿は、発言を誤魔化すように、お茶を口にした。


和やかとは言いがたいが、何か、皆の心は落ち着いていた。そして、次へ、望める気持ちが湧いていた。


さて、と、呟く兄に、レジーナも頷く。


「御者へ声をかけて参りましょう」


ビートンが先に部屋を出る。


ミドルトン卿が、ソファーから立ち上がるが、眉をしかめ、レジーナを見た。


「お前、飲み過ぎだろ?というより、なんで、そこまで飲んだんだ?やっぱり、ディブのことか?」


自らの時と、卿は、重ね合わせているのか、結婚生活がぶざまな終わりを見せた時、卿も、荒れに荒れ、酒浸りになったのだ。それを、妹の中にも見ているようだった。


「あー、まあー、そんなところ、だから、ディブのことは……、なかったことに」


ちょっと、違うけど、と、言いたいのは、山々だったが、正直、レジーナも、何故、あそこまでワインを飲んだのか説明出来ない。とにかく、むしゃくしゃしていたのだ。


兄が、完全に折れてくれたことで、レジーナも、多少、酒臭いぞと言われても気にはならなかった。


そして、二人は部屋を出る。


レジーナは、あの帳簿をしっかりと握り。


玄関ホールでは、ドアを開け、停車している馬車へ誘うかのように、ビートンが待ち構えていた。


外では、馬車の扉の側に、ジョンが、男性家事使用人《フットマン》として控えている。乗り込みの補佐をするのだろう。


「世話になったな、ビートン」


ミドルトン卿が、挨拶し外へ出る。


兄の後ろ姿を見て、レジーナは、最後なのだと、心が揺れた。


指先が震えるのがわかったが、大丈夫と、ブルーの瞳がこちらを見ていた。


そのビートンが、レジーナへ何か差し出してきた。


「お嬢様、こちらを。屋敷の鍵です」


真鍮製の鍵がレジーナの手の中にある。


それこそが、新しい生活の始まりなのだ。レジーナは、ビートンの意図に答えるように、しっかりと鍵を握りしめた。


「そして、こちらは、私がお預りしておきます」


続き、ビートンが見せたのは、レジーナの部屋の鍵だった。


「あっ」


と、レジーナが声を上げ、頬をうっすら染めた。


ビートンも、何気なく言った事に、実は意味があるのだと気付いた様で、これは、使用人達が、悪さしない為だとか、とってつけた様な理由を慌てて述べる。


「レジーナお嬢様!」


ジョンが、早く馬車に乗ってくれと急かして来た。


いつまでも、路上に馬車を停めてはおけない。


「あっ、ビートン、あなたなら……かまわない」


口ごもり、レジーナは駆けるように屋敷の玄関を出ると、ジョンに支えられながら、馬車へ乗り込んだ。


「じゃあ、皆、後はお願いね」


女主人であろうとすべく、レジーナは、馬車のドアの窓から言い放つ。


最後の最後に、やっと、主人の意識が現れたと、ビートンは、少しほっとしつつ、動き出す馬車をジョンと共に見送るが、


「おーい!ビートン!!ミドルトン卿は?!」


通りの向こうから、ディブが転がるかの勢いで駆けて来ている。


どうやら、例のゴシップ紙が効いたようで、卿へのご機嫌伺いに訪れたのだろう。


あー、また、面倒なのが、と、ビートンは、顔をしかめつつ、手に握るレジーナの部屋の鍵の感触に、ふと、頬を染めはにかむレジーナの様子を思い出した。


──あっ、ビートン、あなたなら……かまわない──。


あの言葉が、どこまでの事なのか、などと、深読みしつつ、ビートンは、ジョンに悟られないよう、そっと微笑んだ。


「いかがいたしました?ディブ様」


そして、執事らしい厳格な面持ちをディブへ向けたのだった。

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