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夜も遅く、暗さに沈んだ、縷籟警軍学校の校舎内。影から伺う目の前の男が、こつ、こつと立てる足音以外には、自分の呼吸音しか聞こえない。
(……あれは、確か…………。)
白家 海都は、自分の記憶の中から、男の情報を探した。幸い、そこまで時間はかからなかった……何を隠そう、目の前のこいつは、縷籟警軍学校の、特待生だからだ。
(特待生が、こんな時間に校舎内で、一体何を。)
海都は男を尾行することにした。男は迷いもなく校舎内を真っ直ぐと歩き、やがて廊下の途中のドアを開けて、中に入る。その部屋の表札には、“コンピューター室”と書かれていた。ますます怪しい……海都は男にバレないように、中を覗く。男は机で、端末を触っているようだ。真っ暗な空間の中で青白い画面に照らされる顔は、やはり間違いなく、あの男である。
海都は男が触った端末の位置を覚えると、隣の教室に隠れた。用が済んだ様子で去っていく男を確認するが、戻ってくる可能性もあるので、学校の出口までまた尾行する。男が完全に寮の方向へ向かったのを確認して、海都は不安に思いながらも、コンピューター室へ戻った。
端末を立ち上げ、中を覗く。さすが特待生と言ったところだろうか、閲覧データは全て削除され、この端末で何が行われていたのか、全くわからない。しかし男がここで端末を閲覧していた時間の短さを鑑みるに、そこまで複雑な操作はしていないはずである。
知的好奇心に駆られた人間の行動力とは異常なもので、海都は十数分間、端末を触り続けた。そうして、彼はようやく……“それらしき物”を見つける。
「…………!?」
あるファイルだった。そこに書かれていた文章を、海都は、ゆっくりと読んでいく。進めていく度、どんどん自分の中で大きくなっていく、焦り。途中でところどころ読み飛ばしながらも、全て読み終えた頃には、驚きと興奮で喉が乾き、手にじわっと汗が滲んだ。
とんでもない物を見てしまった。これを報告すれば、縷籟警軍学校は、たちまち大騒ぎだ。生徒会の一員として、これは生徒の安全に関わるため、公表するべきなのだろう。しかし、あまりにも非現実的で、まだ信じていない気持ちもある。
縷籟警軍学校の特待生にラットが紛れ込んでいるだなんて、誰も信じないだろう。海都は男がやったのと同じように全ての閲覧データを削除すると、そっと端末の電源を落とした。
上着の間を吹き抜ける風が、着実に、ゆっくりと、体を芯から冷やしていく。その国に太陽は無かった。薄暗いグレーが、空を、地面を、そして自分たちをも飲み込んでしまうような不気味さ。遠くから聞こえるガタンゴトンという電車の音が、この地獄のような空間にいる自分たちを、必死に現実に引き戻してくれていた。
「……さ、寒いです、カイト先輩。こんなに寒いだなんて、思ってませんでした……!」
「そう?」
「どうして先輩はそんなに平気そうな顔をしているんですか………。」
「寒い思いをするのには慣れてるからかな。」
「慣れどころでどうにか出来る気温じゃ……っ。」
風が強くなり、桜人は言葉を切って、声にならぬような悲鳴をあげた。寒いを通り越して、もはや痛い。なぜこんなに寒いのに、雪が降らないのだ……まだ世の中には、桜人の知らないことが山積みである。
鄼哆王国。13ある国のうちの13番目、そこはもはや、国ではない。かつては気高き王が統治する気品溢れる国だったが、その輝きは歴史と共に血に染まり、やがて腐っていった。今この国にあるのは、犯罪集団の拠点と廃れたビル群、そして宙に浮いた線路を走る鉄道だけ。その字の通りの“無法地帯”である。
「この国は危ないから、僕から離れないでね。」
桜人を振り返った海斗は、彼がかなり寒さに打たれ、弱っていることに気がついた。
「上着を貸そうか?君には小さいかもだけど、マントがあるから、暖かいよ。」
「いや、有難いですが……そんな事したら、カイト先輩の身に危険が……。」
「僕は寒さに強いって言ってるでしょう。ここで裸になることもできるよ。」
「いくら鄼哆に法が無いからって、それが縷籟警軍学校特待生のすることですか!?」
「でも、そんな様子じゃあ、任務だってままならないんじゃない?」
「ぐっ……。」
言い返す言葉も見当たらず、桜人は申し訳なく思いながらも、海斗から上着を受け取った。もう自分のものを着ているため、袖は通さずに、肩に羽織る。人肌に温められた上着は、確かに、優しく温かい。それでも、綺麗な白のワイシャツ姿で前を歩く海斗を見ていると、こちらまで寒くなってきた。
「カイト先輩って、人間ですか?」
「うん。でも、文字通りの温室育ちの君とは訳が違うのかもね。小さい頃、冬に水遊びをするのが好きだったんだ。」
「それは……一体どうして、何をきっかけに?」
「……………。」
海斗は急に黙る。聞こえなかったのかと思い、再び訊こうとしたそれを、海斗が小さな声で遮った。
「………友達と遊んでる時、足が滑って落ちちゃったんだ。」
「え?」
「その時に気がついた。冷たくて気持ちいいんだよ、冬の水は。」
「あー、冬に冷たいものを食べるのが好き、みたいな。」
「そんな感じ。そんなことをしてるうちに、冷たさの感覚が麻痺しちゃって。鄼哆って、寒いっていうより、刺すような冷たさをしてるでしょう。」
確かに、言われてみればそうだ。まるで巨大冷蔵庫の中にいるかのような、人工的とさえ感じる、突き刺すように痛い寒さ。
「もう少し行ったら、彼女たちに会えるから。」
「彼女たち?」
「知り合いの鄼哆人たち。」
海斗がそう、言った途端。遠くの背後から、空気を切り裂くような太いバイクの排気音が聞こえてきた。その音は段々と近くなり、やがて自分たちの左側すれすれを、弾丸のような速さで、バイクが通過していく。どうやら人が3人ほど乗っていたようで、バイクが乱暴なドリフトで急停止すると、後ろに乗っていた2人が慣性で吹っ飛んでいった。
「いって!」
「あら?」
バイクを運転していた女が立ち上がり、地面に転がりながら悲鳴をあげる少年を見る。もう1人の少女は何も言わずに、手をパンパンと払いながら、静かに立ち上がった。
「こんにちは。」
「カイト、久しぶりね。アナタが来るって、さっき知ったのよ。少し飛ばしすぎたかしら。2人が物理法則なんかに負けて吹っ飛ぶだなんて、見窄らしい姿を見せたわね。」
女は楽しそうに、海斗の肩に腕を回す。桜人の存在に気がついた女は、「あら、新人サン?」と、どこか驚いたような目つきで彼を見つめた。
「て、帝王の仰せの下に!ぼくは縷籟警軍学校1年特待、小城 桜人です!呼びにくいだろうから、ぜひ、サクラと呼んでください。」
「畏まらなくていいのよ。ワタシはただの、カイトのお友達だから。」
「友達になった覚えは無いけど。」
女は海斗の塩対応にも、ふふっと笑った。
「ワタシはサラ・ファン・トロスマー。サタに、ようこそ。」
彼女は綺麗な銀髪を肩まで流し、つった目と高い鼻を持っている、美女だった。サラが自己紹介をしたのを見て、先程吹っ飛ばされた少年が、こちらへ駆け寄ってくる。
「ボクはイリヤっていいます。イリヤ・キャンベル、マモ人です。サラはアスモ人で、ボクたちはこの3人で、泥棒をやって生計を立てています。
後ろにいる背の低い女は、ヴィアタン人のセニーナ・アロン。ボクのことは“イリヤ”と、セニーナのことは“セナ”と呼んでください。」
セニーナがこくんと頷く。イリヤは気弱そうな少年、セニーナは小柄で無表情な少女だった。2人とも、綺麗な茶髪をしている。
「あの、オギさん……オギさんってもしかして、あのオギ製薬の、オギさんですか?」
イリヤが恐る恐る訊いた。こんな果ての国にいる人間にも、小城製薬の名は轟いているのか……桜人はそう驚きながらはにかむ。
「お恥ずかしながら。小城葉一の次男です。」
「あら、そうだったの。とんでもない大物に会えたわね、ラッキーじゃない。」
サラがセニーナに目線をやった。セナは「別に、興味無い」と、少し不機嫌そうにそっぽを向き、それを見たサラは苦笑する。
「……で、カイト。今回は何だったかしら?」
「オトギリの幹部とでも言ったらいいのかな、小柄な女の子。あっちから縷籟警軍を呼び出して来たのに、明確な場所がわからないんだ。」
「どうせワタシたちに訊こうと思って、詳しいことは調べてないんでしょ?」
「うん。」
「まったく、アンタって奴はさ。」
サラはため息をついた。するとセニーナが、ずっと前に出てくる。
「……今、警軍を狙ってる、オトギリの幹部の場所でしょ?ウチ、心当たりがある。ついてきて。」
歩きだそうとしたセニーナを、カイトは「ちょっと待ってよ」と呼び止めた。
「一応警軍だから、犯罪者にのこのこついていけないんだけど。その情報は確かなの?もっと具体的に教えてくれないかな。」
「カイト、ウチらのこと、そんなに信用してないの?」
「うん。数回裏切らなかっただけの犯罪者たちが、今回も裏切らない保証なんてないから。」
表情1つ変えず淡々と言う海斗に、セニーナは不機嫌そうに、眉間に皺を寄せた。
「ウチが教えてあげるって言ってんのに、酷い言い草だね。前から思ってたんだけど、カイトは、もっと相手を敬ってみたらどう?」
「敬うも何も、僕は、犯罪者である君たちを、同じ人間だとは思ったことないから。」
「はいはい、やめなさーい。セナ、カイトはワタシたちを信用してなんていないけれど、少なくとも、手段のために同行する価値はあると思ってくれているのよ。ワタシたちのような人間にとっては、それで十分でしょ。」
見かねたサラの言葉に、イリヤも頷く。
「ボクたちがオトギリのメンバーだったり、“ユキ”の社員である可能性も拭えませんから。疑うのは当然です。
でも……情報が確かなことを証明する手段がないのも事実です。ボクたちはただサタ在住の人間たちの代表として、目撃証言を警軍に教えているだけですから。」
海斗は困ったような顔をした。
彼女らは彼女らの言った通り、泥棒で生計を立てている、れっきとした犯罪者だ。縷籟では罪を犯していないとは言え、間違いなく、どこかの国の法には触れているだろう。例え生きるための犯罪だったとしても、それが犯罪である限り、世間から許容されることはない。
犯罪者を殺すべき立場にある自分が、そのような許されるべきではない犯罪者に、ついて行っていいのだろうか。今までの任務でも数回、彼女らの助けを借りたが、それらの時は警軍側から提供された情報の多さ、そして彼女らが提示する証拠の確かさを鑑みて、完全に安全だと判断した結果の行動だった。今回、警軍側からの情報が極端に少なく、彼らの情報を確かにする証拠もない。
悩んでいると、隣の桜人が、恐る恐る声を上げた。
「ぼくはついて行っていいと思います。どうせ他に情報は無いし、もし裏切られたらその時は、殺せばいいんですよね。」
「マジ?コイツはとんだ大型新人だな。」
サラは苦笑する。まさかこんなに真っ直ぐ「殺せばいい」と言われるとは思っていなかった。
「うん、まあ、それもそうだね。」
「わかればいいんだよ。じゃあ、ウチについてきて。」
「セナはそれでいいんですか?」
「うん。そう言うイリヤもでしょ。そもそも、死ぬ覚悟くらい、いつでもできてる。」
セニーナがいいなら……と、サラとイリヤは頷く。やがてゆっくりと歩き出したセニーナに、一同はぞろぞろと、ついて行った。
「ねえ、イリヤくん。」
「はい、なんですか、カイト。」
「さっきイリヤくん、「“ユキ”の社員」っていう言葉を使っていたよね。それって、なんの事?」
「あれ、知らないんですか?“ユキ”って呼ばれる会社があるんです、このサタの今の実質的な支配をしている組織で……オトギリを雇ってる、大きな大きな、会社です。」
海斗は目を見開いた。やはり、その地域のことは、その地域の人に訊くのが1番のようだ。
「ユキのことを知りたいのかい?」
前を歩くサラが割って入る。
「うん。僕は心底興味がないんだけど、お友達からの頼まれ事でね。」
「カイトのような人間でも、ご友人からの頼まれ事は断らないんですね。」
「まあ、まあ。」
そんな事はどうでもいいから、その会社のことについて、もっと教えてくれないかな。……そう訴えかけてくる目に、イリヤは少し怖気付いて、説明を始めた。
「通称、“ユキ”……正式名称は「ユキゲシオア」、先程も言った通り、サタは現在、この会社に統治されています。いえ、統治というか……支配、ですかね。ユキの言うことは絶対であり、サタに屯する犯罪者連中も、これに逆らうことはできません。
オトギリは現在、この会社の命令で動いています。あそこの社長さんはルフエを忌み嫌っているらしくて。あ、ユキの人間ってサタ内にはまあまあな数いるので、気をつけてくださいね。」
「僕は任務で数回ここに来てるけど、そんな話は初めて聞いたよ。オトギリの話も……彼らが縷籟警軍を狙っているなら、もっと早く教えてくれたって良かったのに。」
海斗はそう文句を言いながら、イリヤを見る。イリヤは海斗に寄って、他の人には聞こえないような小さな声で、彼に言った。
「……睨まないでください。悪かったですね。忘れていた訳ではありませんよ。」
海斗も同じくらいの声量で返す。
「忘れていた訳じゃないなら、意図的に言わなかったってことだよね。どうしてだろう……まあ、こんな話をしたところで、意味ないか。」
「………ボクらにだって、曲げられないものがあるんです。でも、これだけ。ボクら3人は……何よりも、カイトの味方です。」
イリヤはそれだけ言うと、海斗から距離を置いた。それ以上は聞いてくるな……そう言われたような気がして、海斗も前を向いたまま、その口を閉じた。
何分歩いただろうか。誰も何一つ口を開かないせいで、その時間は、酷く長く感じられた。セニーナやイリヤはまだしも、いつもは騒がしいサラまでもが口を閉じるのは珍しい。そんな違和感の中でも、海斗は、いつも通りに笑っていた。
「……そこ。」
セニーナの指の先にあったのは、寂れた倉庫だった。
「そこの倉庫の中に、そのオトギリのメンバーが住んでいるっていう目撃証言が、たくさんある。」
「……なるほどね。」
「ウチも一緒に行くよ。ほら、2人とも。」
セニーナは海斗と桜人を手招きしながら、倉庫の方へ足を速めた。2人はすんなりと彼女の後を追い、それを不安げな目で見ながら、サラとイリヤも追いかける。
倉庫の入口に手をかけたセニーナは、そっとその腕を引いた。ドアは低い音を鳴らしながら開き、セニーナは自分が通れるほどの隙間を開けたところで、スっと中の暗闇に消える。海斗と桜人がその中に入ったところで、倉庫の明かりがパッとついた。
倉庫の中は、まさしく“すっからかん”という状態だった。積もった埃とガソリンのような臭いが、鼻をツンと刺激して、桜人は思わず咳をする。
海斗は動じることなく、ただ何もない空間で、奥に歩を進めるセニーナを眺めた。しかし、ふと、何かに気がついたかのように扉の方に歩み寄る。
「……あ、鍵が閉まってる。」
その声に桜人が振り向いた。扉に駆け寄り押してみるが、びくとも動かない。
「まあ、鍵が閉まってるというよりか、外から固定されてる感じかな。……ねえ、なんか閉じ込められたんだけど。それにこの倉庫の中には、人がいるどころか、人がいた形跡もない。どういうことかなセナさん、もしかして騙したの?」
それは何ともわざとらしく、軽い投げかけだった。セニーナは扉に固まる2人を見ると、懐から銃を取り出して、その口を2人に向けた。
「……うん、騙したよ。カイトが言ったオトギリの幹部、小柄な女の子って、ウチの事だったんだ。」
続く