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「え、そんなに痛む? …ごめん、やっぱりちょっと無理させたか…。」
そう呟くレンさんの声は、店で聞かせる甘い営業用のトーンとは違う、もっと心配の色を含んだ低い声で。
「とりあえず服だけは頑張って着て、そのまま寝てて?」
「…ぉん…。」
バスローブを羽織ってやや急ぎめに行動へ移る彼の背中を見送りながら、痛む身体と戦いながら大きめの部屋着を纏い、言われたままに横になる。
上下ともに袖も丈も少し余り、再びあの香りに包まれれば、身体の下は悲鳴をあげつつも、上はバクバクと心臓を鳴らし、最早身体中全体を巻き込んで徐々に発情に体温が熱くなっていく。
(…あかんよ。もうほんまあかんて。)
自身にそう言い聞かせ続けて暫くして。寝衣に着替えた彼が戻ってきた時、その手には湯気が立ち上るタオルと、お茶が持ち込まれていた。
「…何それ?ええ匂いする。」
「ハーブティー。とりあえず飲まなくていいから。香りだけでも嗅いでリラックスしてもらって。…腹、出すよ?」
拒絶する間もなく、部屋着の隙間から滑り込んできた温かいタオル。下腹部の痛む場所に、レンさんはタオル越しに優しく手を重ねて、ゆっくりと熱を伝えていく。その淀みのない動きは、まるで生理中の女性を数え切れないほど介抱してきたかのように、あまりにも『正解』すぎていた。
(…こうやって色んな姫を救ってきてんやろな。)
胸の奥が、下腹部とは違う理由で痛む。自分に向けられているこの突発的且つ献身的な優しさは、彼が夜の世界で生き抜くために磨き上げた『武器』の一つに過ぎないのではないか。…でも、俺は…そもそも性別が違うわけであって。
「…なんか、優しない?」
ポツリと溢れた言葉に、レンさんはタオルの熱を確かめるように指を動かし、ふっと自嘲気味に笑った。
「これはもう、仕事柄ね。女の子の『痛い』には敏感にならざるを得ないっていうか。でも、お前にこれやってるのは、仕事の延長じゃないよ。仕事抜きにして、あくまで同等。『レン』としてお前を買ったわけじゃないから。」
そうして彼は俺の顔にかかった前髪を優しく払い、その瞳をじっと見つめた。
「動けなさそうなら、今日泊まっていく?部屋着そのまま使っていいし、俺客室で寝るからさ。」
「ん…多分これ無理や。遠慮なく甘える。…でも、」
「でも?」
「レンさんが嫌やなかったらやけど、暫く傍におって?レンさんの匂いがすると、寝れそうやねん。…あかん?」
本心ではあるものの…正直なところ、身体を痛めても尚込み上げる発情を抑えるために、敢えて居て欲しかった。
少々困ったように思案する彼は、いつもの甘い香りのする煙草に火を点ける。
「…分かった。痛くなくなるまで、どこにも行かない。」
夜の街で偽りの愛を売る男と、身体を売って生きる男。
痛みを分かち合う二人だけの部屋に、煙草の香りとハーブティーの湯気が静かに溶けていった。
レンさんが用意してくれた温かいタオルのおかげで、下腹部の鈍い重みが和らいでいく。ハーブティーのカップはすっかり空になり、彼は《片付けてくるね。》とベッドを離れようとする。
その瞬間。無意識に俺の指先が、彼の服の袖を弱々しく、けれど決して離さないという強さで掴んだ。
「……何、どうしたの?」
レンさんが振り返る。その顔には、姫を安心させる時の完璧な微笑みが張り付いていて。俺はその笑顔を見るなり、言葉を飲み込む。『自分も彼にとっての仕事の一部なのではないか』という疑念が、喉元を塞ぐからだ。
「…もう、痛ない。ほんまに、おおきにな。」
「そっか、よかった。もうゆっくり寝な?金は起きてから渡す。」
そうして彼は俺に掴まれた袖を優しく手を解こうとする。
「…嫌や。」
我ながら、発した声量は蚊の鳴くような声そのものだった。その瞬間、レンさんの手がぴたりと動きを止める。
「…ごめん、何って?」
俺は顔を上げられないまま、今度は袖ではなく、彼の手首を両手で包むように握りしめた。指先から、レンさんの脈拍が伝わってくる。
「──まだ行かんといて?…やっぱり、俺が寝るまで居といて欲しい。」
「……。」
「…この部屋、広すぎんねん。独りじゃ寝られへん。」
「お前さぁ、」
頭上から降ってきたのは、呆れたような、けれど今までで一番体温の乗った溜息だった。そうして俺の隣に横たわったレンさんは、俺の身体を布団ごと抱き寄せ、寝かしつけのようにとんとんとリズム良く背中を叩かれて。
俺は仕事と行為の疲れも相俟って、睡魔に引き込まれるまま徐々に微睡んでいく。
窓の外はまだ暗い。けれど、俺を苛んでいた下腹部の痛みも、孤独を感じた心の寒さも、重なり合う体温の中に溶けて消えていった。