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梨都子を送り届けるべく、清水の案内でタクシーは無事に目的地へとたどり着く。
「ここですか?」
「うん、この一軒家。すみませんが、少しだけ待っててもらえますか?」
清水はドライバーに断りを入れて車の外に出た。
「梨都子さん、お家に着きましたよ。降りましょう」
私は声をかけながら彼女の腕を取り、車の外に引っ張り出す。
「玄関まで一緒に行きますね」
「二人とも悪いわねぇ。だけどもうダイジョブよ」
眠たそうではあるが、梨都子の声は思いの外しっかりしている。
「ほんとに?鍵、自分でちゃんと開けられます?」
「ダイジョブダイジョブ。史也君、碧ちゃんのこと、ちゃんと送ってね。よろしく」
「了解です」
清水は笑いながら片手を上げて応える。
「よし。梨都子さんも大丈夫みたいだし、俺らも帰るとするか」
「そうですね。梨都子さん、またね。おやすみなさい」
「ありがとね。二人ともおやすみ」
足元をややふらつかせながらも、梨都子が確かに玄関のドアを開けて家の中に入ったことを見届けて、私たちは待たせていたタクシーに乗り込んだ。今度は二人して後部座席に乗る。
「さて。次は碧ちゃんね。矢本町だっけ?」
「はい」
「ドライバーさん、次は矢本町までお願いします」
「矢本町ですね」
ドライバーは確認するように復唱してから車を発進させた。
「梨都子さんが家に着いたこと、連絡しておいた方がいいですよね」
「そうだな。池上さん、きっと心配してるだろうからな」
清水が携帯を取り出そうとするのを止めて、私はバッグに手を入れた。
「私、かけますよ」
店の方に電話をかけると、すぐに池上が出た。
「梨都子さん、ちゃんと家に帰りましたよ」
―― 悪かったね。ありがとう。少し前に梨都子からも電話があったよ。今度お詫びとお礼ということでご馳走させて、だってさ。
「その時は遠慮なく、清水さんと一緒にご馳走になります」
―― 史也は?
「一緒にいます。次は、私を送ってくれるそうで」
―― そっか。ありがとうって言っておいてくれる?
「はい。伝えておきますね」
電話を切って携帯カバーを閉じた時、清水が私に何かを差し出した。
「落ちたよ」
受け取って、それが太田の名刺だと気づいて慌てた。電話をするためにカバーを開けた時に、またしてもケースの中から落ちてしまったようだ。清水にからかわれると思い、身構えた。
しかし私に訊ねる清水の声は至って普通だった。
「誰の名刺?」
「えぇと、会社の同僚の……」
「裏に電話番号が書いてあったね」
「あぁ、それは……」
私は口ごもりながら、清水の手からその名刺を受け取る。
「付き合ってほしいって言われて。それで、もらったんです」
「ふぅん。電話しないの?」
「今迷ってるところで……」
「どうして?嫌いな人なの?」
「嫌いではないんですけど……」
目を泳がせたタイミングで、タクシーが止まった。
「なんだ、残念。もう着いたのか。この話、もう少し聞いてみたかったのにな。近いうちに、またリッコで飲もうぜ」
「……そうですね」
私は曖昧に笑った。このことは梨都子にも知られたことだし、次に二人の間に挟まれたら、酒の肴にされそうな予感がする。
タクシーのドアが開いたのをきっかけに、私はそそくさと清水に挨拶をする。
「それじゃあ、また」
タクシーから降りる間際、私の背中に向かって清水が言う。
「その人のこと嫌いじゃないなら、とりあえず電話してみたら?もちろん、他に好きな人がいるのなら話は別だけど」
動きを止めた私に、彼はさらに続ける。
「もしかしたら、何かが変わるかもしれないよ。……なんてね。余計なお世話だよな。またね」
「はい。また」
何かが変わる――。
梨都子からも同じことを言われた。清水を乗せたタクシーを見送りながら、私は飲み友達二人の言葉を心の中で繰り返していた。