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旭高校の校門をくぐった瞬間、その場の空気が物理的に静止した。喧騒としていた登校風景は、一人の「生徒」の登場によって完全に打ち消された。そこにいたのは、制服ではなく、黄金とラピスラズリの装飾に彩られた純白の薄衣を纏う、伝説の女王そのものの姿だった。
村雨雄大。
彼が歩を進めるたび、首元の精緻なネックレスがチリンと涼やかな音を立てる。肌の白さは陶器を凌ぎ、切れ長な瞳には知性と、すべてを見通すような妖艶な光が宿っていた。その美貌は、歴史に名高いクレオパトラが現代に蘇ったとしか思えない圧倒的な完成度で、女子生徒はため息を漏らし、男子生徒は息をすることさえ忘れて立ち尽くした。
「……五つ子の皆さん、ごきげんよう」
彼が中野家の五つ子の前で足を止め、優雅に微笑んだとき、物語は大きく動き出した。
まず反応したのは、負けず嫌いの二乃だった。
「……ちょっと、なんなのよその格好! 私のファッションセンスですら度肝を抜かれるじゃない……っていうか、あなた、男なのよね?」
二乃は鋭い視線を向けるが、雄大の隙のない美しさと、ふんわりと漂う高貴な香油の香りに、毒気を抜かれたように頬を赤らめた。
四葉は目を輝かせながら、彼の周りをぐるぐると回り出す。
「すごーい! 本物の女王様みたいです! これってコスプレ……じゃないですよね? 質感が本物すぎます!」
天真爛漫な彼女ですら、雄大の持つ神秘的なオーラに圧倒され、どこか落ち着かない様子で跳ねている。
一方で、三玖は静かに彼を見つめていた。戦国武将を愛する彼女にとって、歴史上の偉人を体現したような雄大の姿は、ある種の敬意の対象となった。
「……クレオパトラ。プトレマイオス朝最後の女王。その知略と美貌でローマをも動かした……。でも、あなたはそれ以上に……」
三玖はヘッドホンをいじりながら、雄大の美しさにどこかシンパシーと、底知れないライバル心を感じて目を伏せた。
真面目な五月は、校則と美学の間で葛藤していた。
「む、村雨君! 学校にそのような……そのような……あまりに破廉恥、いえ、神々しすぎる格好で来るなんて! 風紀が乱れます!」
しかし、そう言いながらも雄大の気品あふれる立ち振る舞いに、指導する言葉が続かない。
そして、最年長の一花は、余裕の笑みを浮かべながらも、その瞳の奥には女優としてのプロ意識が火を灯していた。
「あはは、これは一本取られちゃったかな。私でも、そこまでの役作りはなかなかできないよ。ねえ、村雨君。その美しさの秘訣、後でお姉さんに教えてくれる?」
雄大は、騒然とする彼女たちと全校生徒の視線を一身に受け止めながら、扇を広げるように優雅な所作で髪を払った。
「私はただ、自分に最も相応しい姿でこの学び舎に来ただけ。性別も、常識も、この美しさの前では些細なことでしょう?」
その日から、旭高校のパワーバランスは崩壊した。
五つ子と家庭教師の風太郎という完成された世界に、異次元の美を持つ「女王」が加わったのだ。
授業中、雄大がペンを走らせるだけで、窓の外には彼を一目見ようとする他クラスの生徒が群がった。体育の時間、クレオパトラ姿のまま(驚くべき身体能力で)軽やかに動く彼に、全校生徒が跪かんばかりの歓声を送る。
風太郎は頭を抱えた。
「おい村雨……。お前が来ると、あいつらが勉強に集中できないんだ。少しはその美貌を……いや、その格好を自重してくれ」
雄大は不敵に微笑む。
「あら、上杉さん。貴方も私の虜になりたいのですか?」
美しい「男の娘」クレオパトラという劇薬が、五つ子たちの恋の火花に新たな、そして最も強烈な混乱を招き入れた瞬間だった。