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風太郎が最も頭を抱えたのは、その日の放課後の自習時間だった。図書館のいつもの席。五つ子たちが集まる中、雄大が静かに席に着くと、そこだけが古代エジプトの王宮のような重厚な空気に包まれる。
「……上杉さん、この数式の解き方、教えてくださる?」
雄大が身を乗り出すと、首元の黄金の装飾がカチャリと鳴り、透き通るような肌の香りが風太郎の鼻腔をくすぐる。普段、五つ子の無茶振りに耐えている風太郎も、この「究極の美」を前にしては、さすがに視線のやり場に困った。
「村雨……お前、その格好で勉強するのは無理がないか? 装飾品が机に当たって邪魔だろうが」
風太郎が努めて冷静にツッコミを入れると、雄大はふっと妖艶に微笑んだ。
「美しさを保つのも、王たる者の責務ですから。勉強も、この姿で行うのが私の礼儀なのです」
その完璧な美貌に、五つ子たちの反応はさらに過熱していく。
まず、三玖がノートを差し出した。
「……村雨君。その、クレオパトラのアイラインの引き方……教えてほしい。……少しだけ、興味があるから」
歴史好きの彼女は、雄大の再現度の高いメイクに興味津々だ。雄大が「ええ、喜んで。貴方の瞳なら、もう少し目尻を強調すると魅力的ですよ」と優しく教え始めると、三玖は少し照れながらも真剣に見入っている。
それを見ていた二乃が、負けじと割って入る。
「ちょっと! メイクなら私の方が詳しいわよ。でも……その香油、どこのブランド? 今までに嗅いだことがないくらい、高貴で落ち着く香りなんだけど……」
毒舌な二乃ですら、雄大の徹底したセルフプロデュース力には敬意を払わざるを得ない。二人はいつの間にか、美容と香りの談義に花を咲かせ始めた。
一方、四葉は雄大の長い薄衣(カラシリス)の裾に興味津々だ。
「村雨さーん! その格好で体育の短距離走、13秒台で走ってましたよね!? どうやって足さばきをこなしてるんですか? 忍法ですか!?」
雄大は「ふふ、体幹を意識すれば容易いことですよ、四葉さん」と、女王の余裕を崩さない。
五月は、勉強が進まない状況にやきもきしながらも、雄大が持参した「エジプト風の特製菓子(デーツの蜜煮)」を一口もらい、そのあまりの美味しさに、指導するどころか完食してしまっていた。
一花は、そんな騒ぎを少し離れたところから眺めながら、風太郎の耳元で囁く。
「フータロー君、大変だね。ライバルは女の子だけだと思ってた?」
「……笑い事か。これじゃ家庭教師の仕事にならない」
風太郎が溜息をつき、雄大に向き直る。
「村雨、いいか。お前の美しさは認める。だが、ここは学校だ。明日はせめて……その頭の冠だけでも外して来れないか?」
雄大は扇で口元を隠し、瞳をいたずらっぽく細めた。
「上杉さん、それは命令ですか? それとも……私にこれ以上見惚れたくないという、貴方の『防衛本能』でしょうか?」
「なっ……!」
風太郎が絶句する中、五つ子たちは雄大を囲んで「次は私の番!」「そのブレスレット見せて!」と大騒ぎ。
転校生・村雨雄大。
性別という壁を「美」という暴力的なまでの才能で飛び越えた彼は、五つ子たちの関係性に、今まで誰も持ち込めなかった新しい風——あるいは、逃れられない熱風——を吹き込んでしまったのだ。
「……明日も、この姿でお会いしましょう。皆様」
夕陽を背に、校門を去っていく雄大の背中は、まさに一国の歴史を終わらせ、また始めようとする女王の威厳に満ちていた。