幾分か、部屋は片付いていた。泣きながらヤケになって掃除をしていたのを思い出した久我は暫し呆然としていた。
結局昨日は無断で休んだ。事務所にも顔を出さず、していたことが泣きながら片付けなんて我ながら悲しすぎる。
かといって、誰かを困らせないためには片付けだけはしておかないといけない。自分が死んだ後に、この部屋を訪れる誰かの為。
といいながらも2日続けて休むなんて兄貴達に何を言われるか知れたことがない。
荷物を引き寄せて玄関のドアを開け、外に出た。絶えず通る車、楽しそうに会話をする人々。
久我『あー…』
生きた心地がした。余命を宣告されてから、初めて。
そこで久我はふと思った。
この不安を払拭するには誰かに会うしかない。誰かに会って、遅かれ早かれこの人も死ぬと。自分と何も違わないと思いたかった。暗闇の世界に一人きりなんて思いたくもなかった。言いようのない苦みが胸に染みたまま、自宅を後にした。
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一条Side
一条は、昨日無断で休んだ舎弟を事務所の事務室で見つけた。パソコンと向き合いながら書類をデータ化しているようだ。
一条『虎徹ぅ、昨日休んでたけど何かあったのか?』
久我『うわっ、一条の兄貴!すみません、昨日は…色々、あって…』
申し訳無さそうに話す久我に視線を向けていた一条は次にこう尋ねた。
一条『……虎徹、お前顔色悪いぞ?体調悪そうじゃん。』
久我は目を丸くしながら自分の頰に触れた。
久我『え…?そう、ですか?別に、特に何も無いけど…』
ふと久我は考えるような表情を見せ、そして何故だか悲しそうに目を伏せた。
一条『……どうかしたのか?』
久我は、一条に視線を向けた。
久我『……』
久我は暫く黙った後、笑ってこう言った。
久我『昨日、体調が悪かったのでもしかしたらそれで顔色が悪く見えたのかもしれません。』
一条『そうか、まぁ無理はすんなよー』
久我『大丈夫ですって』
笑いながら言う久我に背を向け、一条は一旦事務室を出た。
一条『……何か隠してるな』
それも何か大切なこと。誰かの負担になりたくなくて、いつも無理をする久我なら、多分何も教えてくれないだろう。
ただ今回ばかりは胸騒ぎがした。あいつが消えてしまうような、そんな何かがあいつを縛り付けている。
それをどうにもできない自分が、嫌だった。
久我Side
何とか、誤魔化せたけれどいつかは誤魔化しも効かなくなる。俺の病状が更に悪化すればもう打つ手なんて無い。
今は軽い貧血ぐらいで止まっている。注射なんかで今は良いんだと。けれどいずれは輸血も…。
末期になると、貧血が酷くなって日常生活が困難になる。発熱や肺炎が繰り返されたり、あと脳出血とか…病院のサイトにはそう書いてあった。最悪だった。親にも捨てられて施設でも愛情なんて受けられなかった。ようやくこの居場所を見つけたのにすぐに別れ?俺が思っていたより神様は、残酷だった。本当は誰かに縋り付いて泣きたい。行き場のない不安を、理不尽を誰かに聞いてもらいたい。けれどそうすれば大切な人を泣かせる。そうすれば俺も泣いてしまう。だから弱音は吐かない。隠し通せるところまで、全部内緒にしておきたい。あぁ、けれど一つ我儘を言うならば、神様が居るならば。
俺を病気じゃなく、鉄火場で死なせてくれ。
どこまでいっても大切な人にはごめんとしか言えない。
置いていくことになってごめん。
守れなくてごめん。
旅行、もう一緒に行けないや、ごめん。
病気以外で死ねたら、きっと全部無かったことになる。
俺の病気のこともこの馬鹿げた考えも。
ごめん、弱い俺で。
あと、何ヶ月一緒にいられる?
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