テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
柘榴とAI

127
191
#探偵
橘靖竜
5,431
#闇バイト
るしゅ
753
「ここは、どこですか」
目を覆っていたガムテープが剥がされると、姉妹は素早く周囲を見回した。
そこは、材木工場内にある小さな部屋だった。
天井には豆電球がぶら下がり、壁には小さな絵画ほどの窓がある。
本来なら日差しを取り込むはずの窓には、外側から木の板が打ちつけられていた。
約3センチの隙間から外を覗けるようになっていて、その先には畑と、イノシシを捕獲するための檻が見えた。
高坂は、表情のない顔で少女たちを見つめていた。
ふたりが自分の置かれた状況を理解するだけの時間を置いてから、ようやく口を開いた。
「なぜ、あんな山道に立っていた」
豆電球に照らされた、見知らぬ大人。
少女たちにとって、高坂は恐怖の対象以外の何ものでもなかった。
「なぜ山道に立っていたのかと聞いている。人も車もほとんど通らない、あんな場所に」
「メイレイ……だからです」
姉のかなが答えた。
「命令。誰の命令だ」
「パパのメイレイです」
「あのゴミが命令したんだな。そこに立っていろと。自分はのうのうと酒に溺れる分際で」
姉妹は何も言い返さなかった。
ただその場で固まり、高坂の視線を避け続けた。
「答えろ」
「おじさんは誰?」
妹のりんが言った。
「俺か。俺は、おまえたちに命令する人間だ」
「メイレイする人?」
「そうだ。おまえたちは、あのゴミから離された。これからは、俺の言うことだけ聞いていればいい」
「おじさん……わたしたちを連れてきたんですね」
かなが、大人びた口調で言った。
「連れてきたんじゃない。救ってやったんだ」
「すくってくれたのに、どうしてそんなにこわいの?」
りんが言った。
「命令する人間は、怖いもんだ。覚えておけ。命令する側には自由がある。好きなときに、好きな場所で、従う側を動かせる。それが力を持つ人間というものだ」
命令する側。
父親、教師、会社の先輩たち。
これまで多くの人間が、その立場から高坂を踏みつけてきた。
「何をいってるか、よくわかりません」
「いずれわかる。あのゴミがおまえたちを山道に立たせ、おまえたちはその通りにした。それと同じことだ」
「ゴミじゃないよ。パパはいい人だよ」
「あんなゴミのどこがいいんだ。死んで当然の人間が、好き勝手におまえらを操るなんて、あっていいはずがねぇだろ!」
りんの言葉に、高坂は怒りをあらわにした。
いつか復讐すると決めていた。
若い頃に受けた苦しみは、この歳になっても消えていなかった。
「もう一度聞く。あの男のことを、本当にいい人だと思っているのか」
「悪いだけじゃありません」
かなが、少し迷いながら言った。
姉と妹とでは、父親への見方が違っていた。
幼すぎてまだ親に従うしかない妹と、少しずつ自分の目で判断しはじめている姉。
しかし高坂にとって、ふたりの答えは同じだった。
良いか、悪いか。
そのどちらかしかない。
高坂は、心の曖昧な境界線を汲み取れるほど成熟していなかった。
「譲れないってことか。なら、それでもいい。これからおまえたちをどうするか考えていたが、俺もあのゴミと同じように、いい人でいてやる」
高坂はその言葉を残し、部屋を出た。
姉妹は鍵のかかったドアを長いあいだ見つめ、それから床に座り込んだ。
「おねえちゃん……こわいよ」
「だいじょうぶだよ、りん。すぐにお家にかえれるから」
「あのおじさんは、こわい人?」
「たぶん、どっちも」
「どっちもって、なに?」
「言うことをきいたらいい人。きかなかったら、わるい人。大人はみんなそう」
「うん。じゃあ、ちゃんときく」
再び扉が開き、高坂が入ってきた。
手には1枚の皿を持っている。
部屋の隅に置かれていた木箱が、姉妹の前に押し出された。
その上に皿と水が置かれる。
皿には、豆と肉が乗っていた。
「食え。イノシシだ」
服の上からでもわかるほど、姉妹は痩せていた。
偏った食事を、長いあいだ続けてきたのだろう。親の無関心は、子どもの体にそのまま表れていた。
驚いたことに、姉妹はためらわずイノシシを食べた。
ふたりは床に座り、木箱の上の肉を手でつかみ、噛みちぎって飲み込んでいく。
まるで何日ぶりかの食事にありついたようだった。
高坂は表情を変えず、それを見つめていた。
山奥の砦へ逃げてくる途中で、2頭の猟犬を殺した。
その空いた場所を埋めるように、2人の人間がやってきた。
ただ、それだけだった。
イノシシをすべて平らげてから、かなが声をかけた。
「わたしたちが何かわるいことをしたら、パパは怒って、道に立つように言いました。昨日は、お皿をわってしまって」
「おねえちゃんがやったんじゃないよ。りんがわったの」
「どっちがわってもおなじだよ。わたしたちは、ひとつだから」
「ひとつ……。おまえたちは、ふたりで痛みを分けてきたんだな。俺は、たったひとりで耐えてきたのに」
「おじさん、こわいよ」
「黙れ!」
高坂はイノシシの骨を拾い上げ、壁に叩きつけた。
跳ね返った骨が、高坂の足もとに転がる。
「ひいっ!」
姉妹は同時に叫び、両手で顔を覆った。
「帰りたいか。あのゴミのところに」
「はい。かえらせてください。おねがいします」
「ダメだ。おまえたちの父親は、俺に対して大きな過ちを犯した。だから、これから後悔しながら生きてもらう。あのゴミが十分に苦しんだら、おまえたちを解放してやる」
「そんなのヤダ。おうちにかえりたい」
りんが目に涙を浮かべて懇願した。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!