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「ここは、どこですか」

 

視界を遮るガムテープが剥がされると、姉妹は素早く周囲を見回した。

 

そこは材木工場内にある、小さな部屋だった。

屋根には豆電球がぶら下がっていて、壁には小さな絵画ほどの窓がついている。


日差しを取り込むはずの窓は、外側から木の板が打ちつけられている。

約3センチの隙間から外が覗けるようになっていて、外には畑とイノシシを捕獲するための檻が見える。

 

高阪伸太郎は表情なく少女たちを見つめていた。

彼女らが自分の置かれた状況を理解するための時間を十分にとってから、ようやく口を開いた。

 

「なぜあんな山道に立っていた」

 

豆電球に照らされた50代の男。

少女らにとって、男は恐怖の対象以外の何ものでもない。

 

「なぜ山道に立ってたか聞いてる。人も車もほとんど通らないあんなところになぜ」

 

「命令……だからです」

姉の日沖(ひおき)かなが答えた。

 

「命令。誰の命令だ」

 

「パパの命令です」

 

「あのゴミが命令したんだな? そこに立っていろと。自分はのうのうと酒に溺れている分際で」

 

姉妹は何も言い返さなかった。

ただその場で固まったまま、高阪の視線を避け続けた。

 

「答えろ」

 

「おじさんは誰?」

妹の日沖りんが言った。

 

「俺か。俺は新しい主人だ」

 

「シュジンって何?」

 

「おまえたちに命令をする人間だ。おまえたちはあのゴミから開放された。これからは俺の言うことだけ聞いていればいい」

 

「おじさん……わたしたちを誘拐したんですね」

姉の日沖かなが大人びた口調で言った。

 

「誘拐ではない。救ってやったんだ」

 

「すくってくれたのに、どうしてそんなに怖いの?」

日沖りんが言った。

 

「それは俺がご主人さまだからだ。覚えておけ。命令する人間には自由が与えられる。好き勝手に、時と場所を選ばずにおまえたちを操ることができるんだ。それが力をもつ人間てもんだ」

 

ご主人さま……。

父親、教師、会社のゴミども。

これまで多くの人間が主人の立場から高坂伸太郎を蹂躙してきた。

 

「何をいってるか、よくわかりません」

 

「いずれわかるだろう。あのゴミがおまえたちを山道に立たせ、おまえたちはそれに従った。それと同じことだ」

 

「ゴミじゃないよ。パパはいい人だよ」

 

「あんなゴミのどこがいいんだ。死んで当たり前の人間が、好き勝手におまえらを操るなんて、あっていいはずねぇだろ!」

妹りんの言葉に、高坂は怒りをあらわにした。

 

いつか復讐すると決めていた。

若い頃に受けた苦しみは、この歳になっても消えることがなかった。

 

「もう一度聞く。あの男のことを、本当にいい人だと思っているのか?」

 

「悪いだけじゃありません」

姉の日沖かなが、やや躊躇しながら言った。

 

姉と妹とでは、明らかに意見が違っていた。

あまりに幼いためまだ親に従順な妹と、自己判断が備わりはじめた姉。

 

しかし高阪にとって、ふたりの答えは同じようなものだった。

良いか悪いか。そのどちらかしかない。

高阪は心の曖昧な境界線を汲み取ってやれるほど成熟してはいない。

 

「譲れないってことか。ならそれでもいい。これからおまえたちをどうしようか考えてたが、俺もあのゴミと同じようにいい人でいてやろう」

 

高阪はその言葉を残し部屋を出た。

姉妹は鍵のかかったドアを長いあいだ見つめ、床に座り込んだ。

 

「おねえちゃん……こわいよ」

 

「だいじょうぶだよ、りん。すぐにお家にかえれるから」

 

「あのおじさんは、こわい人?」

 

「たぶん、どっちも」

 

「どっちもって、なに?」

 

「言うことをきいたらいい人。きかなかったらわるい人。大人はみんなそう」

 

「うん。じゃいうことちゃんときくから」

 

再び扉が開き、高阪が入ってきた。

手には一枚の皿をもっている。

部屋の隅にある木箱が姉妹の前に置かれ、その上に皿と水が乗せられた。皿には食用豆と肉が乗っている。

 

「食え。イノシシだ」

 

服の上からわかるほどに、姉妹は痩せていた。偏った栄養を長く食べてきたのだろう。

親の無関心が、子どもの生育に強く影響を与えていた。

 

驚いたことに、姉妹はためらうことなくイノシシを食べた。ふたりは床に座り、木箱の上の肉塊をつかんでは噛みちぎって飲み込んだ。まるで一週間ぶりの食事にでもありつくように。

 

高阪は表情なくそれを見つめた。

山奥の砦へと逃げてくる過程で、2匹の猟犬を殺した。その空白を埋めるようにふたりの人間がやってきた。ただそれだけだった。

 

イノシシをすべて平らげてから、姉のかなが声をかけた。

「わたしたちが何か悪いことをしたら、パパは怒ってあの山道に立つように言いました。昨日はお皿を割ってしまって」

 

「おねえちゃんがやったんじゃないよ。りんがわったの」

 

「どっちが割ってもおなじだよ。わたしたちはひとつだから」

 

「ひとつ……。おまえたちはふたりで痛みを共有してきたんだな。俺はたったひとりで耐えてきたってのに」

 

「おじさん、こわいよ」

 

「黙れ!」

 

高阪はイノシシの骨を拾いあげ、壁に叩きつけた。

跳ね返った骨が高阪の足もとに転がった。

 

ひいっ!

姉妹は同時に叫び、両手で顔を覆った。

 

「帰りたいか? あのゴミのところに」

 

「はい。帰らせてください。おねがいします」

 

「ダメだ。おまえたちの父親は、俺に対して大きな過ちを犯した。だからこれから後悔しながら生きてもらう。あのゴミが十分に苦しんだら、おまえたちを解放してやる」

 

「そんなのヤダ。おうちにかえりたい」

妹りんが目に涙を浮かべて懇願した。

俺は一億人 ~増え続ける財閥息子~

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