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「ここは、どこですか」
目を覆っていたガムテープが剥がされると、姉妹は素早く周囲を見回した。
そこは、材木工場内にある小さな部屋だった。
天井には豆電球がぶら下がり、壁には小さな絵画ほどの窓がある。
本来なら日差しを取り込むはずの窓には、外側から木の板が打ちつけられていた。
約3センチの隙間から外を覗けるようになっていて、その先には畑と、イノシシを捕獲するための檻が見えた。
高坂は、表情のない顔で少女たちを見つめていた。
ふたりが自分の置かれた状況を理解するだけの時間を置いてから、ようやく口を開いた。
「なぜ、あんな山道に立っていた」
豆電球に照らされた、見知らぬ大人。
少女たちにとって、高坂は恐怖の対象以外の何ものでもなかった。
「なぜ山道に立っていたのかと聞いている。人も車もほとんど通らない、あんな場所に」
「メイレイ……だからです」
姉のかなが答えた。
「命令。誰の命令だ」
「パパのメイレイです」
「あのゴミが命令したんだな。そこに立っていろと。自分はのうのうと酒に溺れる分際で」
姉妹は何も言い返さなかった。
ただその場で固まり、高坂の視線を避け続けた。
「答えろ」
「おじさんは誰?」
妹のりんが言った。
「俺か。俺は、おまえたちに命令する人間だ」
「メイレイする人?」
「そうだ。おまえたちは、あのゴミから離された。これからは、俺の言うことだけ聞いていればいい」
「おじさん……わたしたちを連れてきたんですね」
かなが、大人びた口調で言った。
「連れてきたんじゃない。救ってやったんだ」
「すくってくれたのに、どうしてそんなにこわいの?」
りんが言った。
「命令する人間は、怖いもんだ。覚えておけ。命令する側には自由がある。好きなときに、好きな場所で、従う側を動かせる。それが力を持つ人間というものだ」
命令する側。
父親、教師、会社の先輩たち。
これまで多くの人間が、その立場から高坂を踏みつけてきた。
「何をいってるか、よくわかりません」
「いずれわかる。あのゴミがおまえたちを山道に立たせ、おまえたちはその通りにした。それと同じことだ」
「ゴミじゃないよ。パパはいい人だよ」
「あんなゴミのどこがいいんだ。死んで当然の人間が、好き勝手におまえらを操るなんて、あっていいはずがねぇだろ!」
りんの言葉に、高坂は怒りをあらわにした。
いつか復讐すると決めていた。
若い頃に受けた苦しみは、この歳になっても消えていなかった。
「もう一度聞く。あの男のことを、本当にいい人だと思っているのか」
「悪いだけじゃありません」
かなが、少し迷いながら言った。
姉と妹とでは、父親への見方が違っていた。
幼すぎてまだ親に従うしかない妹と、少しずつ自分の目で判断しはじめている姉。
しかし高坂にとって、ふたりの答えは同じだった。
良いか、悪いか。
そのどちらかしかない。
高坂は、心の曖昧な境界線を汲み取れるほど成熟していなかった。
「譲れないってことか。なら、それでもいい。これからおまえたちをどうするか考えていたが、俺もあのゴミと同じように、いい人でいてやる」
高坂はその言葉を残し、部屋を出た。
姉妹は鍵のかかったドアを長いあいだ見つめ、それから床に座り込んだ。
「おねえちゃん……こわいよ」
「だいじょうぶだよ、りん。すぐにお家にかえれるから」
「あのおじさんは、こわい人?」
「たぶん、どっちも」
「どっちもって、なに?」
「言うことをきいたらいい人。きかなかったら、わるい人。大人はみんなそう」
「うん。じゃあ、ちゃんときく」
再び扉が開き、高坂が入ってきた。
手には1枚の皿を持っている。
部屋の隅に置かれていた木箱が、姉妹の前に押し出された。
その上に皿と水が置かれる。
皿には、豆と肉が乗っていた。
「食え。イノシシだ」
服の上からでもわかるほど、姉妹は痩せていた。
偏った食事を、長いあいだ続けてきたのだろう。親の無関心は、子どもの体にそのまま表れていた。
驚いたことに、姉妹はためらわずイノシシを食べた。
ふたりは床に座り、木箱の上の肉を手でつかみ、噛みちぎって飲み込んでいく。
まるで何日ぶりかの食事にありついたようだった。
高坂は表情を変えず、それを見つめていた。
山奥の砦へ逃げてくる途中で、2頭の猟犬を殺した。
その空いた場所を埋めるように、2人の人間がやってきた。
ただ、それだけだった。
イノシシをすべて平らげてから、かなが声をかけた。
「わたしたちが何かわるいことをしたら、パパは怒って、道に立つように言いました。昨日は、お皿をわってしまって」
「おねえちゃんがやったんじゃないよ。りんがわったの」
「どっちがわってもおなじだよ。わたしたちは、ひとつだから」
「ひとつ……。おまえたちは、ふたりで痛みを分けてきたんだな。俺は、たったひとりで耐えてきたのに」
「おじさん、こわいよ」
「黙れ!」
高坂はイノシシの骨を拾い上げ、壁に叩きつけた。
跳ね返った骨が、高坂の足もとに転がる。
「ひいっ!」
姉妹は同時に叫び、両手で顔を覆った。
「帰りたいか。あのゴミのところに」
「はい。かえらせてください。おねがいします」
「ダメだ。おまえたちの父親は、俺に対して大きな過ちを犯した。だから、これから後悔しながら生きてもらう。あのゴミが十分に苦しんだら、おまえたちを解放してやる」
「そんなのヤダ。おうちにかえりたい」
りんが目に涙を浮かべて懇願した。