テラーノベル
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「すまん、六堂。悪いんだが、私が戻るまで此処をお願いしてもいいか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「はやめに戻る」
担任に緊急召集をかけられ、疾風の如く走り去って行った元陸上部の先輩。なぜ今文芸部に所属しているのか、未だによく分からない先輩だ。「走ることは好きだが、大会前の拘束に耐えられるほどの情熱はない」とかなんとか。確か、そんなことを言っていた気がする。
「ああ、果てしない」
ここは七ヶ崎高校、文芸部兼図書室倉庫。この部屋には文芸部が今まで発刊してきた部誌や学校が配っている冊子や目録、古い雑誌など、とりあえず大して重要ではない本が収納されている。
重要な本が保管されていないだけあり、この部屋には大きな窓がある。そして本に関わる部屋でありながら、私の背丈より少し高いだけの本棚が壁際と真ん中の計三台しか存在せず、入らない書物はその辺に積み上がっているという有様だ。
「本の神様がいたら平手もんだなあ」
今日は近年部員が増え始めた文芸部のため、部屋の整理およびレイアウトの変更という、大規模な模様替えに駆り出されている。まあ、図書委員である私もこの部屋で過ごすことが多いのだから、文句が言える立場ではない。
さて、と。私は埃だらけになることを想定して着替えたシャツの袖を捲ると、手近な場所から片付け始めた。先輩からは「同じ冊子や部誌が沢山あるから、二部ずつ残して後は破棄でいいよ」と聞き及んでいる。破棄するものは追々顧問に確認を取ってから捨てるらしい。
「ん?」
それまで淀みなく進めていた手がふと止まる。どの冊子や部誌にも背表紙にタイトルが印字されていたが、取ろうとした本には何も書かれていなかった。古めかしく見えるそれは、教科書程の厚さがあるノートに見えた。
「『ヨモツ日記帳』?」
表紙に書かれた掠れたタイトルを読み上げながら、表紙と裏表紙を交互に見やる。どうやら昔の文芸部が、代わりばんこで作品を書き綴ったノートのようだった。
「年号は平成……、うーん、何年だこれ」
詳しい年号は分からないが、とりあえず一桁で間違いはなさそうだ。最初の頁には、当時の部長が簡単な注意書きを次のように記している。
一、以下のルールを守ること。
二、今年度のテーマは、部内投票により短編のホラー小説に決定した。各自、来年度までに数本書くこと。文字数及び作風は問わない。
三、記入した作品には名前(ペンネーム可)を書き入れること。
四、最後まで書ききること。
五、書き終えたら、他の部員に渡すこと。
六、この本は文芸部全体の持ち物である。大事に扱うこと。
追記
七、この本を最後まで読まないこと。
出来上がった作品は情報とも言えるので、持ち出し禁止を謳うことは然程珍しくない。だが、最後まで読むなとはどういうことだろうか。他にも異様に感じるのは、その書かれた字の色と大きさだ。それだけが赤いインクでデカデカと記されており、妙に歪んで見えて気持ちが悪い。
とはいえ、昔の文芸部が書いた作品というのは大いに唆られた。試しに次頁を捲ると、目次もなしに突然物語が始まっている。私は読み進めたい衝動をおさえると、その本を棚の上に仮置きし、後で先輩に確認しようと再び作業に戻った。
*
「遅くなってすまない」
「りっちゃん! 日直で遅くなってごめんね!」
作業も終盤に差し掛かった頃、二人分の足音とともに元陸上部の先輩と文芸部所属のクラスメイトが息急き切って入ってきた。私は年号順に並べた部誌の山を部屋の片隅に置いている最中で、本棚の半分はカラになっていた。
「六堂、他の奴はどうした」
「まだ来てませんけど」
「ふむ。外周でも走らせてやるか」
「ペナルティが体育会系ですよ」
冗談半分なのだろうが、大型備品の移動や机などの配置は男性陣に。部室の清掃を女性陣にやってもらうことは確定のようだった。先輩は改めて謝罪とお礼を私に述べた。こちらとしては、私が勝手に終わらせかけたことで他の部員に咎がいくことの方が申し訳が立たない。
「部屋の大掃除というのは部員全体に伝えてあることだ。いくら六堂が同じ部屋を使っているとはいえ、こちらこそ途中で抜けた上に、一人で任せてしまってすまなかった」
私は先輩のこういう部分が好きだなあと、自分も先輩に頭を下げながら思った。
*
あの後、遅れてやってきた部員は鬼の形相の先輩に慄き、私は彼らが作業している中窓辺でお茶請けをいただくという、貴族のような接待を受けていた。皆が私の鞄にお菓子を入れていくので、帰宅後に鞄を逆さまにしたところ、筆記具と埃に交ざって大量のお菓子がでてきた。
「わお」
鞄を振る度にお菓子がでてくる。そして最後に見覚えのあるノートがバサリと零れ落ちた。古めかしく見えるそれには、『ヨモツ日記帳』と書かれている。
「あれ、いつ入れたんだろう」
仮置き後の行動経路など全く覚えていない。そもそも、先輩に確認しようと思っていた本を鞄にしまうだろうか。そうはいっても、持って帰ってきたのは事実なのだから無意識に入れてしまったに違いない。ため息を吐きながら拾い上げると、指先にひやりとした感触が這った。
頁を捲ると、あの赤く大々的に書かれた文字が目にとまる。改めて見ても、その歪み具合に嫌な気を覚えるが、これも当時の部長による演出の一部だとしたら?
結局私は夕食の時間までその本を読むことにした。やはり一度我慢した好奇心をおさえるのは難しいというもの。私は制服姿のままその場に座り込むと、お菓子の山に囲まれながら次頁を捲り始めたのだった。
コメント
1件
読ませていただきました!「ヨモツ日記帳」というノートの存在感がすごくて、最初からぐっと引き込まれました。特に「最後まで読まないこと」という赤い追記の異様さが絶妙で、ここで終わらせるのずるいです!主人公がつい読み進めてしまう気持ち、すごくわかります…。先輩の真面目で優しい人柄も好きなポイントです。続きが気になります!
13ed1
130
まろ
29
まるちゃ
37
#初体験