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「さてと、そろそろですか……」
恒彦が、懐中時計を取り出して時間を確認した。
「白井君。何か用事があるのかね?ならば、これで……」
言う京介へ恒彦は、
「はい、そろそろ京子さんと二人にしていただきたくて。積もる話もありますし」
と、時計を内ポケットへ仕舞いながら言う。
「あっ、ちゃんとお宅へお送りしますので。夕飯までには帰ります」
それだけ言うと、恒彦立ち上がり京子を誘った。
京子も言われるままに席を立つ。
そして、そのまま店から出て行ってしまった。
「なっ!二人で!京太郎!」
京子が慌てて立ち上がり後を追おうとするが、園子マダムがそれを止めた。
「岩崎先生。コーヒー代金支払ってくださいな。飲み逃げですか?」
「いや、マダム。後にしてくれ!京子が行ってしまう!」
焦る京介へ、
「困りますよ。うちも商売ですから」
園子マダムが責め立てるように言う。
「な、何を!いつもなら付けが効くだろう?!急いでいるのだ!」
今日に限って何を言うかと京介は必死になる。
「だからあ、父上が、早く払えばいいんですよ」
京太郎が笑いを堪えながら言う。
「京さん、払うもんは払わなきゃいけねえよ」
「だな、岩崎」
二代目と中村が、ドアの前に立ちふさがる。
「うるさいぞ!なんだ!お前たち!今日に限って!」
「あー、白井様のコーヒー代はやっぱりうちが払うのかなぁー」
京太郎が、横槍を入れる。
「……園子マダム、羊羹はどうなる?」
青山が笑いを堪えながら口出しして来た。
そこへ、
「園子マダム!コーヒーお願いします」
ドアが開き、斜向かいのアンティーク店主、ジェームズがやって来た。
「あー、京子ちゃん、若い男と二人きりで人力車に乗ってたけど?構わないのかい?」
横浜生まれ横浜育ちの英国人のジェームズは、相変わらず流暢な日本語を使い、京子を見かけたと心配している。
もしや、かどわかしかとまで言うジェームズに、京介が怒鳴り散らした。
「だから!私が付いてきたのだ!なぜ見え透いた邪魔をするんだっ!!」
「いや、そんなだからでしょ」
青山が呟く。
「お見合いでしょう?声かけたらちゃんとご挨拶してくれましたよお相手さん。それも英語で」
ジェームズが、飄々と言った。
「京さん、まあ、諦めなよ」
二代目も、白々しく言った。
「そもそも、皆が邪魔立てしたからだろうが!ジェームズさん!京子はどこに行く言ってましたか!」
「さあそこまでは。若い二人だ。活動写真でも観に行くんじゃないですか?」
「なに?!あんな暗闇に?!京太郎急げ!」
#普通
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「いや、父上。家まで送るって。夕飯までには帰るって言ってたんだからいいでしょう」
京太郎も、京介の慌てぶりに半ば呆れている。
「釣りはいらん!京太郎来いっ!」
テーブルにコーヒー代を置いて、京介はあたふたとドアへ向かった。
「京さん、野暮なことしなさんな」
「岩崎、往生際が悪いぞ」
二代目と中村は、ドアの前から頑として動かず、京介を通そうとしなかった。
「二代目も中村も覚えておけ!」
「父上、落ち着いて。コーヒーでも飲んで……」
「知らんぞ!どうなっても!」
京介は、すっかり頭に血がのぼり、どかりと腰を下ろした。
その頃──。
「どうやら、皆さん分かってくれたようですね。追っ手は来ないようだ」
恒彦は、どこかいたずらっ子のような笑みを浮かべ、隣の京子を見た。
「まずは……百貨店でもどうですか?その後、銀座でもぶらついてみますか?というか、若いお嬢さんが、好みそうなところって良くわからないんですよ。京子さん行きたいところがあったら言ってください」
「あっ、お、お任せします」
京子は、言われるままに付いて来た事を後悔していた。
家族以外の異性と二人きりというのは始めてのことだった。こうして、人力車で揺られているのも、どうにも落ち着かない。そして、先程出会ったジェームズに、デート楽しんでと送り出された事にも困惑していた。
「じゃあ、百貨店でいいかな?」
恒彦が念を押してくる。
車夫も行き先が変わるかと何かこちらを気にしている。
「ああ、そのまま日本橋まで。白木屋で停めてくれるかい?」
恒彦は、手頃な百貨店を車夫に告げた。
「しかし、フルール。楽しかったですね。京子さんの周りはいつもあんなに賑やかなのですか?」
「あー、それは、まあ、もっとなんというか……」
「ははは、なんとなく想像つきますよ。賑やかさ」
恒彦は楽しそうに言った。
「白井様……ご迷惑じゃなかったですが?」
「迷惑?」
「だって……大勢で……」
はあ、と、京子は息をつく。
二代目や中村まで現れて、結局、いつもの面子、いつもの騒ぎが巻き起こったのだ。
「京子さん。本当に楽しかったですよ。岩崎様の素顔も拝見できたし……」
落ち込む京子をのぞき込むようにして、恒彦が言った。
その距離の近さに、京子はどきりとする。
「しかし、花園咲子が、まさか女中だったとは驚きましたよ。ああ、岩崎様とヨーロッパ時代についても、お話したかったな」
自分のフランス赴任に役立つかもしれなかったと恒彦は言う。
「あの、では、今度是非家に……」
京子はつい口走っていた。
うっかり、今度などと自分から誘うような事を言い恥ずかしくなる。
「はい。ぜひ」
恒彦が、嬉しそうに言った。
「きっと、お家もにぎやかなのでしょうね」
何か先読みしたかのように恒彦は言うと、くすりと笑った。
図星なだけに、京子は返す言葉がなく、俯くしかできなかった。
コメント
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第8話、読み終わりました!今回は恒彦さんと京子さんが初めて二人きりでお出かけする回でしたね。周りの大人たちが揃って邪魔しに来るコミカルな展開が面白かったです。特に京介さんの慌てっぷりと、それを見透かしたように動く二代目や中村さんたちの連携が絶妙でした。恒彦さんの「いたずらっ子のような笑み」が印象的で、京子さんの戸惑いとどきどきした気持ちが伝わってきました。距離が近い場面での空気感がとても良かったです。続きが気になります!