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『奪い奪われ…』
目が覚めると、病院のベッドの上だった。
何が起こったのか、状況が理解できていない俺に事情を説明してきたのは一人の若い女の刑事だった。
俺は頭を強く殴られた衝撃でかれこれ一ヶ月近く昏睡状態だったらしい。
「何があったか、覚えていますか?」
そう聞かれて思い出したのは、恐ろしい光景の数々。
濃い血の臭いと中村の、人を小馬鹿にしたような笑みも鮮明に蘇る。
「あ、すみません。思い出したくもない記憶ですよね…」
「……そうだ、あのとき…中村は俺たち全員を殺して、自分のいじめを無かったことにしようとした……」
「中村さんが?」
「……小宮は?」
俺はハッとして顔を上げる。
「小宮は今、どこに?」
刑事さんにすがるように尋ねた。まさか、捕まったりしていないだろうか。
「警察が現場を訪れたとき、小宮祥太の姿はありませんでした」
「……逃げた、ってことですか?」
刑事さんが小さく頷いて、俺は何故かホッとしてしまった。
本当は捕まるべきなのかもしれないけど、なんとなく今は小宮が生きているとわかって安心できた。
「ですが、昨日、小宮祥太は……」
刑事は少し言いにくそうに言葉を切り、それから「遺体となって発見されました」と続けた。
「…え?」
「正確には、何者かに殺害された、ですが」
「へ?…な、なんで?なんで?誰に?だって、だって中村は死んだはずだろ!?」
「お、落ち着いてください」
「ふざけんな!!なんで、なんで小宮が死ぬんだ!あいつは、あいつは…俺らのせいでバスケができなくなって、未来を潰されたのに……また、誰かに奪われるなんて…」
「…小坂さん…」
「そんなの…あんまりだ……」
なんで、小宮が殺されなきゃいけないんだ。
松田も西川も児玉もなんで殺されたんだ。
なんで、なんで俺だけ生きてるんだ。
生き残ってしまったんだ。
「なんで…俺だけ……」
意味がわからない。
何が起こっているんだ。
ちょっと前まで普通に生活してて、あいつらと久しぶりに再会して、飲んで笑ってたのに。
「ああ……」
「小坂さん……大丈夫ですか?小坂さん?」
「ごめん…小宮……ごめん…」
「……」
すべてが、
真っ赤に、
塗り潰されていく───。
小坂さんは私の言葉を聞いて、うずくまり、動かなくなってしまった。
余計なことを言ってしまった、という後悔は後からやってくる。
「小坂さん?」
「ちょっと刑事さん」
呼ばれて顔を上げると、小坂友也(こさか ともや)さんの主治医は無言で首を横に振った。
「……わかりました」
さすがにこれ以上聞いても、正確な情報は得られないだろう。
廊下に出ると、主治医は渋い顔をする。
「小坂さんは目覚めたばかりです。あまり、混乱することは言わないでくださいと言ったはずですが」
「申し訳ありません」
形ばかりの謝罪をし病室に視線を向けると、小坂さんは頭を抱えたまま言葉にならない声を発していた。
「事件の話を聞くのは、当面は無理でしょうね…」
主治医はため息混じりに言葉を吐き出し、険しい表情を浮かべたが私は見えないフリをして病院を後にした。
病院の駐車場に停めておいた車に乗り込むと、先輩の青山刑事が「おかえり」と言って缶コーヒーを差し出した。
「で、どうだった?」
「ダメでした」
私はそうはっきり答えて、缶コーヒーを受け取り、蓋を開けて中身を一口飲んだ。
「あんだけ凄惨な事件を目の当たりにしたんだ、当たり前か」
「でも、うわ言のように”あいつは俺らのせいでバスケができなくなって、未来を潰された”と言っていました」
「じゃあ、聞き込みで得た情報は正しかったのか」
「はい。でも、中学生のときの恨みを今更晴らすでしょうか?」
私の質問に、青山刑事は視線を宙に彷徨わせた。
「自分をいじめた奴の人生が上手くいってると知れば、誰だって奈落の底に突き落としたいと思うもんだろ。実際、児玉は自分がいじめられていたときの動画を持っていた。いつ、この爆弾を落としてやろうかとずっとタイミングを見計らっていたとしても不思議じゃない」
「そして、爆弾を見せられた中村は松田さんと西川さんも含めて殺害。児玉も返り討ちに遭い、小宮はその中村を止めるために鈍器で殴って殺害……というわけでは無いんでしょうね」
私は小さく息を吐く。
「止めるために殴ったのなら、現場から逃げる必要は無いからなぁ。人を殺してしまって動揺して…と考えるのが普通だが」
そこで青山刑事は言葉を止めて、手元の空になった缶コーヒーを覗き込む。
「小宮は、中村の奇行に便乗したのかもしれないな」
「便乗、ですか?」
「人を殺して回る中村を止める名目で中村を殺害する。自分の将来を奪った人間に復讐するには良いタイミングだろ?」
さすがにその言葉には賛同できなかった。
「なら、なおさらおかしいです。もしそうなら、逃げる必要性は無く、正直に言えばいいじゃないですか。中村に殺されそうになったので、抵抗した。殺すつもりはなかったと」
「確かにね。だからこそ、唯一の生き残りである小坂さんに話を聞かなきゃいけないんだ」
短い沈黙のあと、私と青山刑事は同時にため息を吐く。
「どうであれ、小宮祥太は殺されたんだ。あの霧島唯と同じように、右手を切り落とされた状態で。あ、いや、バラバラにされてたんだっけ」
青山刑事の言葉を聞いた瞬間、今朝見たモノを思い出してしまった。
廃工場にまとめて置かれた人の体。その上に頭部が乗せられていた。
「やはり、同一犯の可能性があるんですか?」
「そうじゃないことを願いたいね。例えば、犯人がたまたま右手だけ持ってき忘れた、とかさ」
私が笑えず厳しい表情をしていると、青山刑事は「冗談だって」と言って苦笑いを浮かべた。
「確証は無いが、同一犯の可能性は高いだろう。こっちの方が謎が多い」
そう言って、青山刑事は車のシートに背中を預ける。
「なぜ、二人を殺害したのか。切り取った右手はどこに行ったのか……」
「霧島唯は、菊原親子殺害にも関与している可能性があるんですよね?」
「ああ。霧島唯は菊原優子と名乗って、近隣住人に菊原親子の住んでいた部屋へ頻繁に出入りしている姿を目撃されてる。おまけに、霧島唯が殺害された現場近くに放置されていた乗用車から菊原翔真くんの髪の毛が見つかった。無関係とは言い切れないだろうな」
「あの乗用車の持ち主である前田剛徳(まえだ ごうとく)も、あの事件に関与しているかもしれないんですね」
私はスマホを操作し、資料に目を通す。
霧島唯と前田剛徳は高校時代の同級生。この二人について聞いて回ったところ、二人の恐喝、窃盗、盗撮など数々の悪い噂を耳にした。
大人になっても霧島唯は、婚活パーティーやマッチングアプリで出会った男から金を奪って逃げるといったことを繰り返しており、菊原真彦(きくはら まひこ)さんもその餌食になったと思われる。
前田剛徳は就職した先で度々問題を起こし、そのたびにクビになっていた。定職につけない前田は、白タク営業を行うことで食いつないでいるようだった。
「霧島唯はあの日、婚活パーティーのあと前田の白タクを呼んで帰った。同乗者の高橋泰輝(たかはし たいき)さんを自宅に送り届けたあと、前田と霧島の間で問題が発生し、前田が殺害したのでしょうか?」
言いながら私は首を傾げる。
「そう、霧島唯に限って言えばその可能性は非常に高い。だが、ここに同じ殺され方をした小宮祥太が入ってくると少し変わってくる」
「小宮祥太と前田剛徳に接点は無い」
私の言葉に青山刑事は大きく頷いてみせた。
「まぁまだ調べてる途中だから断言はできないけどな」
そして、ようやく重い腰を上げて車のエンジンをかけた。
「じゃあ、前田剛徳がこの事件の……」
「いや」
青山刑事は即答して車を発進させる。
「前田剛徳は大雑把を絵に描いたような人間だ。そんなやつがあんな、綺麗に人を殺せるはずがない。ああいうやつは、証拠の一つや二つを現場に残していくもんだ」
「平良(たいら)警部は、”前田剛徳が犯人だろう”って言ってましたけど」
「あの低能…じゃなかった、警部の推理を鵜呑みにしちゃダメだって」
「青山刑事、本音が」
「ははっ、黙っててね、相澤刑事。オレが思うに、この事件はそう単純なものじゃないよ」
青山刑事は口でこそ笑っているものの、その目は決して笑っていなかった。
しょこ@愛雅色
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羽海汐遠
10,203
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コメント
2件
ああ、読んでて胸が苦しくなりました…。小坂さんが「なんで俺だけ」って叫ぶところ、本当に切なかった。一ヶ月昏睡から目覚めて、生き残った喜びよりも仲間たちの死と小宮の悲報…その罪悪感の描き方が生々しいです。 それにしても、小宮の右手が切断されてるって霧島唯と同じ手口…。これは同一犯なのか、それとも模倣なのか。青山刑事の「単純じゃない」発言が気になります。伏線が複雑に絡み合ってきて、次の展開が待ち遠しいです!