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駅に着いたコユキは東海道線に数駅揺られた後、乗り替えの為に新幹線の改札を通るのであった。
善悪からの忠告を忘れていなかった賢いコユキは、持たされた弁当は昼食に摂る事に決めて、取り敢えず午前中の栄養補給(二度目)を確保すべくホーム上にある駅弁屋に向かったのだが、売り子さんと二人の客が何やら揉めている様である。
近付いて行くコユキの耳に凄みの効いた若い男性二人の声が届くのであった。
「おんどれぇ! この店はあれか? 客にゴキブリの入った弁当喰わせんのかよ、おんどれぇ! この不始末どうすんだ、ああ? おんどれぇ!」
「あー、これ腹やったな兄貴! おいテメエ、兄貴はこう見えてお腹とかめちゃくちゃ弱いんだぜぇ! 治療費とかさ、貰うしかねーよなー? なあ兄貴ぃ!」
「まあ、只の売り子さんにゃ治療費とか言っても難しいだろうぜぇ! ここは、穏便に弁当二つで手を打とうやぁ、おぉい! おんどれぇもそれで良いよなっ? 感謝しろよ、おんどれぇ!」
「流石は兄貴だぁ男気に溢れてるぜ、って事でそこの幕の内弁当二つこっちに寄こせよ、貰ってやるからよ、詫びの印としてなぁ」
二人が揃って差し出した手を交互に見ながら、十代だろう売り子の女性は震える声ながら、頑張って反論をしたのである。
「あの、お持ちになっているお弁当の空箱、ですがぁ、それ、すっかり食べ終わった空っぽの容器ですよねぇ? それにそれって、先程向こうのゴミ箱から拾っていらっしゃいましたよね? それに、その後こちらに歩いてらっしゃる途中でそちらのぉ、お兄様ですかぁ? のポッケから黒々とした虫の死骸を取り出していましたよねぇ? 違っていたら失礼ですけど最近噂になっている新幹線のホームにいる兄弟の不審者、キセルを繰り返しつつ言いがかりを付けて金品を強請(ゆす)ろうとして悉く(ことごとく)失敗している、通称『ホームホームレス兄弟』のお二人では無いでしょうね?」
言いながらチラリと目を向けた売店横には、顔の半分がケロイド状の火傷に包まれた男と、顔の真ん中で綺麗にクロスした傷を持つ男、二人揃ってそこそこ男前の手配書が張られていて、目の前で凄んでいる二人に似ていなくも無い、と言うより写真並みに似ている、というか本人としか思えない、いや、間違い無く本人だったのである。
二人組みはまだ誤魔化せるとでも思っているのか、より一層、声のボリュームを大にしてスゴムのであった。
「お、おんどれぇ、何言ってんだよ、おんどれ…… 意味わかんないよ、おんどれおんどれおんどれ……」
「お、おいお前あれか、お、俺達が寸借詐欺でも、や、やってるってのか、よ…… ち、違うぞ、あの、あ、あれだ、その、じ、事情があるんだよ(ゲロった)」
分かり易く狼狽(うろた)える二人の後ろにスッと現れるツナギに身を包みアライグマのキャップを被った巨漢の人物、コユキは呆れたように声を掛けるのであった。
「はあ~、アンタ等相変わらずつまんない事やってるわね、全くっ! ほらほらそこ退きなさいよ、アタシがおベント買えないじゃないの」
「お、おんどれはっ!」
「お、お前は、あの時のっ!」
半年振りの再会に驚いて道を空ける二人の間を、堂々と進み出たコユキは売り子の女性に言うのであった。
「おねいさん、おベントどれでも良いから十個…… じゃないか…… そうね、十二個ね、チョウダイッ!」
途中で左右の二人の事をチラッと見てから注文を済ませたコユキは、渡されたお弁当入りの二つに分けられたビニール袋を、左右に立つ人物にそれぞれに渡しながら言うのであった。
「あんたらそれ持って付いて来なさいよ、お腹減ってんでしょ? ちょいと大事な話もあるしね」
「え、食べさせてくれるのか? おんど、姐さん?」
「信じるのかよ? 兄貴!」
「ふう~、あんた等の父母から頼まれてんのよ、その傷ガス爆発で負ったんでしょ? 父親は手首叩き切って死んだのよね、んで秋沢(アキザワ)明(アキラ)に世話になったそうじゃないの、違う?」
「な、なぜ、その事を!」
「あ、あんた、一体……」
「だからさ、本人達に聞いたって言ってるじゃないの、兎に角付いて来なさいよ、ほら新幹線来たから、続きは食べながらにしましょっ!」
停車したこだまに乗り込むコユキの後ろを、狐につままれた様な顔をして付いて行く男前兄弟であった。