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「……弁護人、最終弁論を」
裁判官の重々しい声が、静まり返った法廷に響く。
私はゆっくりと立ち上がった。
隣に座る美月は、もはや生きた人間には見えない。
虚空を見つめ、小刻みに震え、時折意味のなさない言葉を漏らしている。
私は、あらかじめ用意していた弁論原稿を……その場で、ゆっくりと破り捨てた。
「裁判長。私は今日、弁護人としてではなく、一人の人間としてこの場に立っています」
傍聴席がざわつく。
検察官が怪訝な顔で私を凝視する中、私は美月の母親
——昨夜、自宅で大量の睡眠薬を服用し
意識不明の重体で発見された白鳥恵子のニュース映像を背負うようにして、言葉を紡いだ。
「被告人、白鳥美月は確かに罪を犯しました。…しかし、それは今回の事件ではありません。彼女が犯したのは、10年前。自らの虚栄心のために、一人の無実の女性を地獄へ突き落とした罪です」
「ちょ、如月先生!?何を言って……!」
美月が我に返ったように私を見る。
だが、私は彼女を無視して続けた。
「昨夜、自死を図った白鳥恵子さんの枕元から、一通の遺書が発見されました」
「そこには、10年前の『連続児童毒殺事件』の真犯人は娘の美月であり、自分はそれを隠蔽するために渡邉加奈子さんに罪を擦り付けた……という、あまりにも凄惨な告白が記されていました」
法廷内が、爆発したような騒音に包まれる。
「嘘よ!私、そんなの…お母様が勝手に……!」
美月が叫ぶが、その声は怒号にかき消される。
遺書はもちろん、私が偽造したものだ。
恵子の筆跡を完璧に模写し、彼女が意識を失う前に枕元へ置いた「仕掛け」。
恵子は死なない程度に調整してある。
彼女が目覚めたとき
自分の名前で書かれた「嘘の遺書」が、世界を確定させているという絶望を味わわせるために。
「如月先生、あなたは被告人を守る立場でしょう! 弁護放棄ですか!?」
裁判官の叱咤
私は悲劇のヒロインのような、痛ましい表情を作ってみせた。
「……いいえ。私は、弁護士である前に、真実を追求する義務がある。……そして何より、私は、彼女に『正しい救済』を与えたいのです」
「白鳥美月さん、あなたは、自分の母親にさえ見捨てられた。……でも、私だけはあなたの傍にいます」
私は美月の肩を抱き寄せた。
彼女は震えながら私を見上げる。
その瞳には、私への殺意と
それ以上の「一人にしないで」という、反吐が出るほど醜い依存心が混ざり合っていた。
「今回の幼稚園の事件……その真犯人は、白鳥恵子さん。あなたは、母親の身代わりにされた哀れな娘です───ねえ、そうでしょう? 美月」
私は彼女の耳元で、甘い毒を流し込む。
もし彼女が、今回の事件の真犯人は「私」だと言い出せば
10年前の真犯人が彼女であるという「遺書」が法的な証拠として確定する。
もし彼女が、母を犯人だと認めれば、彼女は一生
「実の母を売った裏切り者」として、世間からの激しい私刑に晒される。
「……はい。…全部、お母様がやりました。私は、何も……」
美月が、力なく崩れ落ちた。
自分の保身のために、瀕死の母を捨てた瞬間。
これこそが、彼女たちの「絆」の最期だった。
私は法廷の天井を見上げた。
母さん、聞こえる?
あの日、私たちが浴びた石を、今は彼女たちが浴びている。
でも、これじゃまだ足りない。
「処刑」の時間は、まだ終わっていないのだから。
#女主人公
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