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第5話:裏切り
ハート家の小屋は、他より少し大きかった。
元・軍人の母――**アリシア(38)**と、双子の息子たち、**ノアとルーク(13)**が暮らしていた。
アリシアは短く刈った金髪をしていて、いつも無言でドローンの動きばかり見ていた。
息子たちは瓜二つ。けれど、ノアの目は鋭く、ルークの目は揺れていた。
ある日、テレビが突然こう告げた。
「提出:不明」
「死者:1名」
「死因:命の提供による“許可”を確認」
マシロ家の父が唸った。「提出してないのに、誰か死んだ……?」
ゲブレ家のキブルが言う。「提出を“された”だけだとしたら?」
誰もが言葉を失った。
「他人の命を……差し出せる?」
その夜、ルークは兄・ノアの行動を見た。
ノアはセンサーの前に立ち、何かを口にしていた。
「対象:小屋南西・登録番号不明・女性」
「提出、命……他者」
――そして、センサーが反応したのだ。
「提出、受理」
「対象の命、回収完了」
翌朝、南西の小屋が沈黙していた。
テレビには、映像が流れていた。
ひとりの女性が、あのライオン像の前で顔を伏せて凍っていく姿。
見覚えのない人。けれど、この雪山に存在していたはずの家族。
マシロ家の母・ユミが声を震わせた。
「……こんなこと、許されるの?」
その夜、ライオン像が動いた。
いや、雪の下から音がしたのだ。
像の中で、何かが軋んでいた。
片目の光が数秒間点滅し、空気が震えた。
そして、短く歪んだ声だけが降ってきた。
「命、どのものか……判別せず……」
「提出、優先……祈り、判定……不能……」
無機質で壊れかけた声。
機構としての限界が、音の隙間に滲んでいた。
その時、ドローンが一機、突然急降下した。
マシロ家のすぐ近くにいた青年――**ノボトフ家の孫・アレクセイ(18)**の頭上で停止し、
警告もなく、氷の光を放った。
「まって!あの子は――!」
祖父の叫びも虚しく、アレクセイは一瞬で氷漬けになった。
その日の夜、誰も話さなかった。
テレビも、ライオンも、もう何も言わなかった。
ノアは無表情で寝袋に潜り、ルークは母の背に隠れて泣いた。
マシロ家のカナは、小さく呟いた。
「ここは……もう誰も信じられない場所になる」
信じるとは何か。守るとは何か。
選ばれた家族たちは、その意味を問われ始めていた。
次第に、雪山には“命の色”が滲み始める――。