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そんなやり取りの最中。
ゆっくりとドアが開く音がして、名草のオーダーしたグラスの赤ワインと優奈にはカフェラテが。所作美しくも無言の店員がテーブルに運んできてくれたのだが。
「私も雅人が好きよ。彼は、私が望めばいつでもこの身体を愛しにやってくるの」
とんでもない名草の発言にも無反応。
芸能人御用達のお店では空気を読んで声を発する、発しないを見極めるのか。
優奈にはよくわからない世界だ。
「ねえ、雅人が女に何を求めてるかわかる?」
クイっと軽く一口、喉を潤すようにワインを口にした後。名草は優奈を見据えて静かに問う。
「愛してくれるのは、繋がってるひと時だけ。あとは何も求めてないのよ」
しかし優奈に答えを求めてはいないようで。彼女はそのまま言葉を並べてゆくばかりだ。
「ただの性欲処理よ」
雅人から欲など感じ取ったことのない優奈は処理などもちろん求められたこともない。
チリチリと心臓が焦げ付いていく気がした。
「でも金で女を買うのは嫌みたい。潔癖よね?」
「そ、そうですね……」
聞かれても困る。優奈は名草と視線を合わせないままに力無く言葉を返すことしかできないでいた。
「もう数年前ね、雅人とは仕事で出会ったのよ。雅人ってば手が早いのよ? でもね、何度身体を重ねても、抱いて気が済んだら見向きもしない」
(何度身体を……重ねても……って、数年前から……何度も)
とっくに予想などできていたが、名草の口からはっきりと雅人との肉体関係があることを聞かされてしまった。
ついに弱々しい声さえ発しなくなった優奈を前に、名草は口元に弧を描き美しい瞳を垂らして歪な笑顔を作った。
そうして何か含みを持たせるように小さく息を吸って。
「優奈ちゃんは雅人のどんな気分の時のセックスが好き?」
問いかけてきた。
「…………え」
「私はご機嫌斜めな時の性急なセックスが好きよ。優奈ちゃんは?」
頭を打ち付けられたような衝撃とともに、脳内では目の前の美しい人が雅人と絡み合う映像が再生されて。
悔しくて、目の奥が熱くなった。
それでも泣いてたまるものか。
優奈は俯き、髪で隠していた顔を勢いよく上げて名草を見た。
「知りません。高遠さんに性欲処理なるものを頼まれたことがないので」
「……ふふ、あはは! そう、知らないんだ」
彼女は満足そうに笑い声を響かせる。
そうして、勝ち誇ったようにキラキラと輝かせる鋭い視線を優奈に向けて、頬杖をついた。
「性欲処理にもなれなくて、彼の仕事の役にも立てない、後ろ盾にもならない。妹のような可愛い女の子? ふふ、聞こえはいいけれど随分なお荷物ね」
言い返したくて、けれど何も言葉にならない。どうしてかって? 名草の言うとおりお荷物だからだ。
家に転がり込み、仕事を与えてもらって、好きだ好きだとしつこくまとわりつく妹分。
(でも名草さんは……)
例え雅人に愛情がなくとも、発言からしてビジネスパートナーにはなり得ているのだろう。
「優奈ちゃんは雅人に何ができるのかしら?」
何もない。
それが唯一の答えだから、優奈は口にすることができなかった。
(こんなことって、ある?)
脳裏には無邪気な過去が描き出されていく。
――名草楓は、優奈が学生の頃憧れていたファッションモデルだった。
優奈だけではない。
まわりの友人たちも皆、彼女の身につけるありとあらゆるものを欲した。
毎月のように雑誌の表紙を華やかに飾り、特集コーナーにも引っ張りだこ。
いつのまにか某雑誌の専属モデルを卒業し、その後はドラマやバラエティなど、テレビで見ない日はないほどだった。
そうして現在、そのテレビでも見かけることが少なくなっていた彼女はアパレル会社を経営する社長となっていたのか。
そうして雅人と知り合い、肩を並べ隣に立っているのか。
(何度か有名な人とスキャンダル出てたけど……まさか、こんな)
優奈にとっての雲の上の存在が、大好きな人と関係を持っている。
では、その大好きな人――雅人も、やはり雲の上の存在なのか。
太刀打ちできるものなど何ひとつない。
“退屈な大人になりたくない”を、有言実行してみせている雅人の隣に並ぶにふさわしい女性。