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名草にマンション近くまで送ってもらうと優奈は車を降りて、助手席のドアを閉めてから運転席に座る名草に視線を向けた。
こちらにヒラヒラと上機嫌な様子で手を振る彼女に軽く頭を下げる。
「今日はありがとう、優奈ちゃん」
「こちらこそ送っていただいてありがとうございました」
どうやら雅人は優奈の居候については名草に話していないらしい。
雅人のマンション近くに引っ越して来たという優奈の発言をすんなり受け入れて、その付近に車を停車させてくれたのだった。
(なんか、一応言わないでおいたほうがいいのかなって……)
雅人が敢えて、黙っているのだとしたら……そう思うと優奈は何も言えなかった。
名草の運転する車が見えなくなった頃、ようやく溢れ出して来た涙。
拭う気力さえ出てこない。
だからといって突っ立っているわけにもいかない。
優奈は重い足取りで歩き出す。涙が溢れて止まらない時ほど上を向かなければいけないとわかってる。ずっとそうしてきた。
顔を上げれば流れる涙は強制的に重力に逆らおうとしてくれるし、足元が自分の涙で濡れていく光景を眺めているよりもずっと打開策が浮かぶチャンスが訪れるはずだから。
(でも、じゃあ……そもそも頑張ってどうするんだっけ?)
名草と雅人の姿が脳裏に浮かんで、一層顔を濡らしていく大粒の涙。
「瀬戸さん!」
そんな優奈を呼び止める声がして、顔を上げる。張り付くように頬を濡らす涙が不快だ。
こちらに走り寄ってくるのは、黒のトレンチコートに身を包み、長い足で素早く距離を詰める人の姿。
「……お、奥村さん」
「急にごめん、よかった、連絡もつかなかったから……って、ええ!?」
予想とは違った優奈の表情に対してだろうか? 驚いた声をあげて、こちらを凝視する。
「な、な泣いて……え? あ、車から降りて来てたけど……何かあったの?」
「……奥村さんこそ、どうして」
「ああ、俺は、えっと」
一瞬言い淀んだが、聞き返した優奈の顔を今度は冷静さを取り戻した様子で見つめた後で「ごめん」と。
小さく謝罪の言葉を口にした。
「帰り、様子がおかしかったから気になって」
言いながら、優奈の涙を拭って、その優しい手は頬に触れる。
「名草さんだよね、さっきの」