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月曜日。また学校が始まった。 下駄箱を開けると、上靴の中に画鋲が入っていた。もう慣れた。ひよりは無言で画鋲を捨てた。
授業中、背中に消しゴムのかすを投げられた。振り返らなかった。振り返っても意味がないから。
給食の時間、ひよりのお盆を通りすがりにけいすけが叩いた。味噌汁がこぼれた。
「あ、ごめーん。」
笑いながら言った。先生は見ていなかった。
昼休み、ひよりはいつもの花壇のうらにしゃがんだ。もこがぴょんと肩に乗った。
「今日もひどかったね。」
「…いつも通りだよ。」
もこは黙った。しばらくして口を開いた。
「ねぇ、ひより。僕ね、ひよりのこと守りたいんだ。」
「…もこには無理だよ。」
「なんで。」
「小さいから。」
もこはふくれた。ひよりは少しだけ笑った。
放課後、家に帰るとひよりはすぐに自分の部屋へ上がった。
もこは肩の上にいた。いつも通り。
ひよりはベッドに腰を下ろして、引き出しをそっと開けた。ナイフがあった。3話の夜からずっとそこにある。
「それ、よく見てるね。」
もこが言った。
「…うん。」
「なんで?」
ひよりはうまく答えられなかった。自分でもよくわからなかった。ただ、見ていると落ち着いた。冷たくて、重くて。それだけが本物みたいな気がした。
「お守りみたいなものだよ。」
「お守り?」
「持ってると、安心するの。」
もこはしばらく黙っていた。
「…そっか。」
もこはそれ以上何も言わなかった。ひよりは引き出しをそっと閉めた。
その夜、もこはひよりの胸の上でいつものようにじっとしていた。あたたかかった。
ひよりは天井を見つめながら思った。
もこも、ナイフも、今の自分には同じくらい大切だった。
次の日の朝、ひよりは学校に行く前に引き出しを開けた。ナイフに少しだけ触れた。冷たかった。それだけで少し息ができた気がした。
「行ってきます。」
誰も返事をしなかった。お母さんはまだ寝ていた。
学校では今日も何かあった。でもひよりはあまり覚えていなかった。ただ、耐えた。それだけだった。
放課後、帰り道でもこが聞いた。
「ねぇ、ひより。楽しいことって何かある?」
ひよりは少し考えた。
「…もこと話すこと。」
「他には?」
「…ナイフを見ること。」
もこは黙った。
「それだけ?」
「それだけ。」
もこはそれ以上聞かなかった。ひよりの肩の上でただじっとしていた。
家に帰ると、今日は唐揚げではなかった。カップラーメンだった。いつも通りだった。
ひよりは一人で食べた。お母さんはいなかった。
食べ終わって、部屋に戻った。引き出しを開けた。ナイフを少しだけ握った。冷たかった。重かった。
「おやすみ、もこ。」
「おやすみ、ひより。」
電気を消した。暗くなった。でもひよりの手の中には、まだナイフの冷たさが残っていた。
それだけが、今のひよりの全てだった。
翌朝、ひよりは鏡を取り出した。笑顔の練習。最近あまりやっていなかった。
鏡の中のひよりを見た。目の下にくまがあった。頬に薄く痣が残っていた。
笑ってみた。
笑えなかった。
「どうしたの?」
もこが覗き込んできた。
「…鏡、見てた。」
「笑顔の練習?」
「うん。でも笑えなかった。」
もこは少し黙った。それからぴょんとひよりの膝の上に乗った。
「ひより。」
「何。」
「笑えなくてもいいよ。」
ひよりは鏡を置いた。窓の外を見た。今日も晴れていた。なんで晴れているんだろうと思った。自分の気持ちとぜんぜん違う。
「もこ。」
「何?」
「学校、行きたくない。」
「そっか。」
「でも行かなきゃいけない。」
「そっか。」
ひよりは立ち上がった。ランドセルを背負った。引き出しをそっと開けて、ナイフを少しだけ触った。それから閉めた。
「行ってくる。」
「いってらっしゃい。」
ドアを閉めた。今日も始まった。
昇降口を出ると、風が冷たかった。ひよりは少し立ち止まった。
(帰りたい。)
でも足は動いた。いつも通り。
もこが肩の上でそっとひよりの頬に触れた。小さくてあたたかかった。
ひよりは何も言わなかった。ただ歩いた。学校へ向かって。また今日も。
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