テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
半ば連れ去られるように瑞奈に腕を掴まれ、彼女の部屋に来た。
そもそも病院から帰ってきて部屋に引き籠もったままならば、まずは家族に事情を話すべきだが、ご両親は快く俺を彼女の部屋へと送り出してくれた。
「おまえ、まずはご家族に今日の病院の話をすべきじゃねえのか?」
部屋のドアを後ろ手で閉めた瑞奈は、俺の言葉を無視し、こう言い放った。
「明日、一緒にボール蹴ろ」
「……は?」
何を言ってるんだこいつは、と言うよりは、瑞奈の言葉が宇宙語として耳に雪崩れ込んできた。遅れて理解が追いつく。
「何言ってんだ? 安静が必要に決まってるだろ」
瑞奈が黙る。立ったままぎゅっと両手を握っている。瞳が揺れていた。何かを伝えたそうに、下唇を噛んでいる。
風が颯々と窓から運ばれてきた。駅前の風とは比較にならないほどに、吹いてくる風はさやさやと心地よかった。
「結婚……しない? あたしと」
意識がとびかける。
え、と唇が形を成していた。体内で動いているのは心臓だけのような気がした。ばくばくと力強い拍動。彼女の声がじわっと耳から身体の奥へ奥へと沁み入ってきた。感情や思考が少しずつ、その沁み込みに追いついていく。
「ちょっと待て、いきなり何だこの展開」
ようやく俺が口にする。瑞奈はそれさえも許さぬ勢いで、畳み込んできた。
「駄目? 駄目かにゃ? うーん、駄目だよね、あたしじゃ。ALSで迷惑かけちゃうし。でも、あたしは結婚するにゃら晴翔くんしか考えられにゃいんだよね。だから……、でも、そっか、そうだよね。結婚してもすぐにバツが付いちゃうから、それって晴翔くんのその後の人生が」
「おまえ、ちょっと待て。なんかめっちゃくちゃ先走りしてる。つうか、明日サッカーすることと結婚することを一緒に並べて提案するなよ。しかも突然」
瑞奈は俺の言葉に被さるように、がっついてきた。
「駄目? 駄目かにゃ? あたしじゃ駄目?」
「駄目なんてことはない。むしろ嬉しい。俺だって結婚するなら瑞奈しか考えられない」
俺は瑞奈を守り抜く。
いざ口にすると、テレた。頬が熱い!
「やりい。その言葉かたじけにゃい。あたし聞いたぞ。心に今、刻んだぞ。信じていい? 信じるぞ? ね、ね」
「ああ。本心だ。結婚するなら瑞奈だよ」
これって、プロポーズ?
まさか今日するとは思っていなかった。しかも言わされた感がハンパない。俺としては急な話だったが、瑞奈の中ではそうでもなかったのか。でも、……嬉しかった。俺は襟を正して彼女を見つめる。
「瑞奈、結婚してくれ」
俺の偽らざる気持ちだ。指輪を用意していないが、こういう言葉を口にすると、自然と相手の指を持ち上げてしまうものだった。まるでエンゲージリングをはめるように、瑞奈の薬指を撫で――
細……い。
感触で分かるぐらいに、瑞奈の指が細くなっていた。吸い込む息を途中で止めてしまった。
「どんとこい」
瑞奈が身体をぶつけるようにして、俺に抱きついた。
彼女の背中が激しく震えていた。鼻を啜り上げている。
「馬鹿野郎。嬉しい、って返事しろよ。どんとこいって、相撲部屋か」
「へっへっへ」
瑞奈を抱きしめる。啜り上げる鼻音が二重になった。彼女の背に掌をあてながら、俺も泣いていた。目で見る以上に、彼女の身体が痩せていた。激しい感情の揺れは、瑞奈と結婚できる嬉しさからであって欲しかった。