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12 - 第12話彼は既に貴方の考えうる限り最も危険な思想犯です。

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2022年10月30日

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私の背後に居た女性が慌てて窓から身を出す。

「まあまあ、こんな所までお越しいただいたというのに申し訳ありませんね」

女性はハンカチを取り出して私の頬に当てる。

「さあさ、部屋に戻ってお茶にしましょう」

そう言って微笑みかけてくる女性の顔を見て私は思い至る。そうだ、今日ここに来た目的は―――。

「えっ……」

私は思わず声を上げた。

それはそうだ。だって、目の前にいる人間が、先程猫を追って飛び降りてしまった人間だったから。

「えっと、あの、その、猫さんは?」

「ああ、あれなら大丈夫ですよ。ちょっと拗ねているだけですわ。それにしても」

彼女はくすりと笑う。

「貴方は不思議な方ですね。わざわざ訪ねていらっしゃるとは。何かご用でしょうか」

「いえ、用と言うほどのものではありませんが」

言葉尻を濁して視線を外す。

「……あの方は貴方のお知り合いですか」

「いいえ、違いますよ。ただの通りすがりの方です。それとも何です? 私があの方を川に突き落としたとか思っています?」

「いえ! そのようなことは!」

「冗談です。分かっております。それにしても」

彼女はまた笑みを浮かべた。

「貴方は面白い人です。貴方も小説家志望ですか?」

「えっと……」

私は背後の女性に助けを求めるように振り向いた。しかし彼女は私から視線を外すことなく、じっと見つめている。

「すみません、失礼しました」

「いえ、いいんです」

女性の声音はあくまで穏やかだった。

「あの、猫さんは」

「はい、大丈夫ですよ。ただ少しだけ、気分屋なだけです。きっとまた来てくれますわ」

私はもう一度彼女に頭を下げると、扉に手をかけた。その時背中越しに声をかけられた。

「ところで貴方のお名前は?」

「私ですか? 私の名は」

私はそこで言葉を詰まらせた。一体なんと答えればいいのか。

「どうされました?」

「いえ、実は私にも名前がないのです」

「あら、そうなのね。それじゃあ困ってしまうわ」

女性は小首を傾げた。

「名前がないなんて不便ですもの。何か考えて差し上げましょうか」

「本当ですか!」

「えぇ、勿論ですとも」

「ありがとうございます」

私は嬉しくなって何度もお辞儀をした。

「それで、どんな名前をご希望なのかしら」

「そうですね、出来れば美しいものがいいです」

「美しくて、素敵な名前が良いのね」

「ええ」

「分かりました。任せて下さいまし」

女性が胸の前で拳を握る。

「さぁ、もう行きなさい。あまり待たせるのも可哀想でしょう?」

背後からの声。振り返るとそこにはいつの間にか女性が立っていた。黒い喪服に身を包んでいて表情はよく見えない。

「あの、ありがとうございました」

礼を言うと女性は首を振って私の言葉を否定した。

「いいえ、私は何もしてませんわ。ただ、猫さんと話したかっただけですもの」

それじゃあと言って去ろうとする女性を引き留めようと口を開く。しかし私の口から言葉が出る前に彼女は踵を返し部屋を出て行ってしまった。

残されたのは私ともうひとりの男だけ。男は苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。

「どうもすみませんね、うちの奥さんは少しばかり気が短いんです。まぁ、さっきまでの話は忘れてください。それで、本題に入りましょうか」

「……はい」

「貴方は何者ですか?」

彼は私に向かってそう問いかけてきた。

「何者と言われても困ってしまいますね。ただ、私は今ここに居ない誰かの記憶を持っています。私の記憶の中の存在……例えば、私にとっての先生であったり、友人であったり、親兄弟であったり、そういった方たちは皆、私の知らないところで死にました。私はそれを知っていました。だからと言って、どうしようもなかったのですけれど」

彼女は静かに語る。

「私は、自分が死んだ後の世界を生きています。そして、自分が生きていた世界のことも覚えているんです。私がこうして生きている世界とは別の世界で生きた別の人間のことを。不思議なことですが、これが現実なのですから仕方ありませんよね。そして、私と同じように、この世界に生きる人間たちの中にも、違う人生を送っていた人たちがいるんです。

概念イメェジ の 転生リィンカーネーション ですね。

輪廻転生。仏教用語だったでしょうか。私は仏教徒ではありませんので詳しくは分かりませんが、要するに生まれ変わりのことですよ。私は、その生まれ変わる前の人生を憶えていて、その前の人生で私は死んだあとの世界でまた生きて、そうして今の生を得た。

私にとってはそれは当たり前のことだったのですけど、他の人にはあまり馴染みのない感覚かもしれません。私はそう思っていました。だって、今までの人生の中で、お風呂場で足を滑らせて頭を打ってしまった人を見たことがなかったからです。ましてや頭を打たずにお湯の中に落ちるなんてことがあるわけないと思っていたんです。

だから、その時もきっと何かの間違いだと思いました。

私が居たのは家の中のお風呂場ではなくて、学校の中にある小さなシャワールームでした。放課後になってすぐだったので、まだ夕日が差し込んでくる時間ではありませんでしたが、それでも外はすでに暗くなっていました。

部活が終わった後、いつものように汗を流したくて、私は一人でここへ来たんです。部室棟にあるシャワールームは他の運動部の人たちが使うことが多くて混んでいたので、私たちはいつも校舎の中に入って一番奥にあるこの場所を使っていました。今日も例にもれず人気はなく、私はさっさと服を脱いでお風呂場に入りました。

鏡の前に立って髪を洗っていると、「ねえ」と声をかけられました。後ろからだったんで誰かと思い振り向いたのですけど、そこには誰もいませんでした。ただ脱衣所に続くドアがあって、そこからひょっこりと女の子の顔が出てきたんです。

私はびっくりして、すぐに顔を前に戻しました。だって、その子は裸だったんですよ。タオルとかじゃなくて、本当に何も身につけていなかったみたいです。恥ずかしそうな声で彼女が言いました。

「あの……わたしも入っていい?」

そのときになってやっと、私は彼女に声をかけられたことに気がついたんです。彼女はもう一度、「だめですか?」と言って首を傾げました。

私よりも少し背が低くて、胸が小さい子でした。髪は長く茶色くて、肌の色は真っ白でした。一瞬見ただけなのに彼女のことをはっきりと思い出せます。どうしてでしょうかね。今でも不思議ですよ。

ともかく、私の答えはもちろんノーでした。当たり前じゃないですか。いくらなんでも裸の子と一緒にお風呂に入るなんてできませんよ。それに、その時はまだ、誰なのか分かっていなかったわけですし。

ところが、私が断る前に、彼女が大きな声を出したんです。

「あっ!」

それからバタバタとお風呂場の方に駆け込んできて、勢い良く扉を開きました。

すると――ええ、もちろん、そこにはちゃんと服を着ている彼女がいたんです。

ほっそりとした体躯を濡らして、黒猫が水面から顔を出す。

「ふう……、吾輩、死ぬかと思ったわい。何せ吾輩、泳いだことなど無い故な」

濡れ鼠になった猫はぶるりと体を震わせて水を払い落とした。

「さて、それでは話を戻すとするか」

くるん、とその小さな瞳がこちらを見据える。

「吾輩は概念であり、また、同時にひとつの作品でもある。よって、吾輩はこの世界の全てを知っていると言って過言ではない」

「それは、どういう?」

私の問いに猫はニヤリと笑みを浮かべたように見えた。

「さっきも言っただろう。吾輩は概念だ。

形象イメェジ だ。君たちが吾輩を認識したとき、吾輩は既に吾輩であったのだ。だから吾輩は吾輩としてしか生きられない。

君たちは吾輩を認識することで吾輩を得たのだ。吾輩は君たちの中で生き続ける。君たちの中に居座ってやる。吾輩は 観念アイディア であるが故に」

猫の姿が消えた後、背後から声がかかった。

「これで分かったでしょう、彼は既に貴方の考えうる限り最も危険な思想犯です。

理想ヴィジョン は確かに彼の中に存在しています。しかしそれを実現するだけの能力が無いのです。だから彼はこうして死にに行く。いえ、死にに行くというのは語弊がありましょうね。彼が望むのはあくまで『生きること』なのですから。まあそれはさながら、海の底を目指すようなものですが」

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