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「どうしよう…嘘、だよね……」
深夜、人気のないオフィス
私は手元の書類を握りしめ、震えが止まらなかった。
実家から届いた、多額の借用書の写し。
父が保証人になっていた知人が逃げ、実家の店が差し押さえの危機にあるという。
一千万円。
私の安月給では、何十年かかっても返せない絶望的な数字。
「……天音さん?まだ残っていたのかい」
背後からかけられたのは、春風のように柔らかく、けれど芯の通った心地よい声。
驚いて振り向くと、そこには一ノ瀬涼専務が立っていた。
グループ総帥の息子であり、次期社長候補。
仕事は完璧、誰に対しても紳士的で、社内では「理想の王子様」と称えられる、雲の上の人。
「あ……専務。お疲れ様です」
慌てて書類を隠そうとしたけれど、涙で視界がボヤけて、指が上手く動かない。
「そんなに泣いて……何かあったのかい?僕で良ければ相談に乗るよ」
涼専務は私と同じ目線になるように少し腰を落とし、優しく微笑んだ。
その温かい眼差しに、張り詰めていた糸がプツリと切れてしまった。
私は、実家が大変なこと
自分にはどうすることもできないことを、自分でも驚くほど一気に吐き出してしまった。
「……そうか。それは大変だったね」
専務は静かに聞き終えると、ポケットから出した真っ白なハンカチで、私の目尻をそっと拭った。
「天音さん。その一千万円、僕が出そう」
「え……?!そっ、そんなこと、一ノ瀬専務にしてもらうわけには……」
「もちろん、タダでとは言わないよ」
専務は困ったように眉を下げて笑った。
その顔があまりに綺麗で、私は毒気を抜かれてしまう。
「実は、親から強引に見合いを勧められていてね。困っていたんだ。そこで提案なんだけど——僕の『契約上の妻』になってくれないかな?」
「……契約の、妻?」
「そう。一年間、僕の隣にいてくれるだけでいい。君の借金は僕がすべて解決するし、生活も保障する。悪い話ではないと思うんだけど……どうかな?」
あまりに唐突な提案。
けれど、専務の瞳はどこまでも誠実で、私を助けたいという優しさに満ちているように見えた。
「私……私で、いいんですか?」
「君『が』いいんだ、琴葉さん」
名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ねた。
専務は私の手を取り、包み込むように握りしめる。
「君を、誰にも渡したくないんだ。……あ、今のは『夫』としての練習だよ?」
茶目っ気たっぷりにウインクする専務。
このときの私はまだ知らなかった。
この爽やかな微笑みの裏に、どれほど深く重い独占欲が隠されているのかを。
「……それなら、お願いします。私を、妻として買ってください」
こうして、私の人生を懸けた「嘘の新婚生活」が幕を開けた。
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