テラーノベル
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——ダンッ!!
テーブルを叩く乾いた音が響いた。 顔を上げると、美咲が眉を吊り上げて僕を睨んでいた。
「……なにそれ」
「え?」
「それ、彼女に対してすっごい失礼だよ」
低い声だった。いつもの軽口ではない。本気のトーンだ。
「あんたが自分を卑下するのは勝手だけどさ。それって結局、あんたを選んでくれた彼女の『見る目』を否定してんじゃん」
「っ……」
「おこがましいとか言って謙虚ぶってるけど、自分が傷つくのが怖いだけでしょ? 逃げてんじゃないよ」
美咲の言葉は、的確に僕の急所を抉った。なにも言い返せなかった。
「……もういい歳なんだからさ。将来のこと、ちゃんと考えな。今のままだと、誰とも結婚できずに孤独死まっしぐらだよ?」
さらに追い討ちをかけるように、低い声で続けた。
「お兄のことだから……大量のゲームとフィギュアに囲まれて、誰にも気づかれずに発見される……とかマジでありそうで、本気で心配になるんだって」
美咲はそう言って、大きなため息をついた。
***
帰り道。西日に照らされた電車に揺られながら、僕は妹の言葉を反芻していた。
『彼女に対して失礼』
『傷つくのが怖いだけ』
(……その通りだ)
窓に映る自分の顔を見る。翔くんと遊んだだけで疲弊しきった、冴えない男の顔。 体力もない。覚悟もない。こんな男が、彼女の隣にいていいはずがない。
(変わりたい……)
初めて心の底からそう思った。ただの「彼氏」というポジションに甘んじるのではなく、彼女の人生を背負えるような、強さが欲しい。
そのとき、ポケットのスマホが震えた。 白石さんからだった。
『陽一さん、来週の土曜、空いてます?一緒にジム行きませんか?』
メッセージの最後には、ウサギがバーベルを持ち上げている可愛いスタンプが添えられている。
ジム。今の僕に、一番必要な場所だ。
運動は昔から苦手だ。普段なら「疲れるのはちょっと……」とインドアなデートを提案していたかもしれない。
でも、今の僕は違った。
『行くよ。ぜひ行こう』
僕は迷わず文字を打ち込んだ。
まずは体力だ。翔くんに「よわっ」と言われないくらいの、そして何より、白石さんをしっかり守れるくらいの強さを手に入れるんだ。
それが、結婚への……いや、「彼女とずっと一緒にいる」ための第一歩になる気がした。
(待っててくれ、白石さん。僕は変わるよ)
電車の揺れが、僕の決意を静かに後押ししてくれているようだった。